1ルーム

色々な1ルームを作って、シリーズ投稿しています。

石段は叩いて渡らない

その日、いつもの石段を踏み外したことがきっかけでした。落ちていく感覚はなく、気づいたら地面に戻っていたような感じです。実際には、背中の服が泥だらけで、破けていましたから、背中から転げ落ちたのでしょうけれど。それくらい曖昧でした。階段の方が、自分の足元から離れていく感じで、ぼやけて遠のいていったんです。

その日は、いつものように家を出ました。でも確かに、ちょっと周りの様子が変というか、違和感があったと言われれば、そうかもしれません。歩く側の家と家の間が妙に近く感じたり、猫が自分に近寄ってきたりしました。少し変な人もいましたね。ペットの手綱だけもって歩いているおじいさんもいました。

石段にいく曲がり角には、小さなトタンの一軒家があり、目の前に車2台が停めれるほどのスペースがあります。私が歩く時間は、だいたいいつも、近所同士の人がおしゃべりしているんですが、ここもいつもと違いました。女性の方が、男性の方に一生懸命謝っているんです。土下座はしないまでも、中腰ぐらいになって、「申し訳なかった。」と、小さな声で言うんです。女性の方は、ただ立っているだけで。気になりましたけど、こちらが立ち止まっていいような雰囲気ではなかったです。

まあ思い出せば思い出すほど、変だったのかもしれませんが、とにかく、石段の道まで行きます。この石段、結構段差が多くて、ご年配の方でも、普段運動する方がのぼるようなところなんです。私もそんなに運動するようなタチではないので、のぼるのがいつも大変なんですが。駅まで行くのに、ここが近道なんです。平坦な道に行こうとすると、遠回りになってしまって。乗りたい電車に遅れてしまいます。

それでいつものように重たい足をあげるんですけど、最近首が重くって。会社ではオフィスワークですから、ずっとパソコンを見ているんです。それで、肩凝りも激しくって。右の方に首がいかなくって。それくらい首も固まっちゃってて。目線も下になってくるんです。だから、割と3段ぐらい先の石段しか見えていなかったんじゃないかと思います。でも、ここも慣れっこですから、別に問題はなかったんです。

普段通り、のぼってました。1人だったと思います。足をあげるごとに息を吸って吐くのを繰り返していました。今日の仕事のことを色々考えたいのですが、この時だけはもう、自分の呼吸だけに集中してましたね。

そしたら、最初にお話しした通り、落ちたんです。持っていたカバンも中身が散らばっちゃったと思いました。そのうち何個かは、石段のところに残ってたんじゃないかと思います。今は病院ですから、ちょっと見にはいけませんけど。もし誰かが盗ってったらどうしようっていう不安はありますね。地面に落ちた方は、助けてくれた方が全部バックに入れてくれましたけど。

石段に落としていったのは、車の初心者マークなんです。なんでカバンに入れてるのかってことなんですけど。まだ今年取ったばっかりでつけとかなくちゃいけなくて。それで、自分の勤め先がたまに車を出すんです。それで、運転しなくちゃいけなくて。

自分では車持ってないんです。維持費が高いじゃないですか。それだったら、電車のほうがやっぱり安いんです。それに電車からみえる景色が好きで。みるのは家の窓なんですけど、そこに干されてる室内の洗濯物とかみてると、なんか元気もらうんです。

そういえば、電車からもあの石段がよくみえるんです。遠くからみると、結構立派な階段で。のぼり切ったところはすぐ十字路なんですけど、すぐ右に電柱が一本立っていて。なんか、あまりみない眺めだなと思って。多分あそこに電柱がなかったら、ちょっと残念な階段になってたんじゃないですかね。

そういえば私の家の近く、夕方に屋台のラーメン屋さんがくるんです。珍しいですよね。ラーメン好きなので、仕事が早く終わったら、よく行くんです、待ち伏せして。その場所が、石段ののぼったところなんです。

でも最近はそこのラーメンが食べれてなくて。帰りにその十字路に着くときには、もうどこか遠くの方で、あのラッパの再生音がなってしまっていて。食べれないまま、あの音を聞きながら石段をくだるんです。段を降りるたびにお腹が減っちゃいます。

こういう時って、家で何食べるか迷ってしまいますよね。ラーメン作りたくなるけれど、味違いますし。そばとかうどんとかにすればいいかっていうと、それは違いますし。それで、だいたいは焼きそばにするんです。人参入れないですね、もやしとピーマンと。あと気分でネギも入れます。

そうやって焼きそばを作っててひっくり返すとき、焼いてた音が一瞬鳴り止みますよね。その間みたいなのをふと思い出す時があるんです。車がそばを取った後にも、あ、この間だって思ったりするんですよね。

それが聞こえたんです。石段から落ちた時も。

          

(終)