1ルーム

色々な1ルームを作って、シリーズ投稿しています。

【短話】運び損ね

それで、どうしたの?
ガヤガヤうるさい食堂で僕は問われている。
いやぁ。でも、渡せなかったんです。
えー。先輩はのけぞり返り、わざとらしい声をあげる。
じゃあ、こうしようよ。
バックから取り出した紙一枚と、シャーペン。校内の様子を書いていく。
今、ここにいるのが僕たちね。
はい。
それで、あなたが行きたいところがここだと。
はい。
じゃあ、どういくのがいいと思う?順序的に。
えー、それはまず、ここで冷えかけているカレーを食べることですよね。
いや、食べてからだよ。
じゃあ、持ってきます、カレー。

【聞き取り】ある火災事件

ここで何があったんですか。
みりゃわかるだろう。火事だよ火事。
でも私には見えないですし。
わかるでしょ、俺の肌みればさぁ。
ええ、まあ確かに、爛れています。
ったく、本当に痛かったんだから。知ってる?火傷で死ぬって気持ち。
いや、わからないです。
急だったよあれやぁ…。ストーブかな。冬でもねぇのによぉ。火が付きよったんだ。知らないところでね。台所に置いてたかな。きっと、そこのガスとなんか引火したんだろうと思うが、まあわかんねぇ。気づいたら周りが火の海でよ、逃げ場なかったね。
ドアとか空いてなかったんですか。
空いてたけどよ、もう熱くて進めなかったんですわ。どうしようもなかったね。天井がづわって倒れて、足元で燃え盛ってねぇ。あれゃぁ大変だった。
それで、もうそのまま?
なんとか出ようとしたよ。試みたさ。でも、膝の方まで火が出るわ出るわ。もう年だったんでね、跳ぶ元気もない。
お連れさんはいらっしゃらなかったんですか。
連れはいなかったな。外に出てた。近くの娘に会いに行ってたよ。まあ、おかげで巻き込まれなかったのは良かったけどさ、俺が死んで退屈だったろうに。
なくなってからも、お父さんはしばらくここにいたんですか。
あー、まあな。やっぱ心配だったよ。
お連れさんは、大変悲しかったでしょう。
それぁそうだ。こっちからは何もできなかったから仕方ないけどさ、こっちもこっちで辛いよ。ずーっと泣いているところをよ、ずーっとこっちも見るしかないんだぜ。
ええ…。
肩をさすってみたけどよ、それも意味がない。すり抜けるんだから。
…。
あーでも一度よ、向こうが気づいてくれたことがあったんよ。
へぇ、そうだったんですか。
料理をしている時かな、切った野菜を落とした時にしゃがんだんだ。そしたら、台所の隅で立っていた俺の方をスッとみてよ。俺は感動してびっくりしてたんだけど、向こうは別に、ただチラッとみただけで、そのあとは何にもなかったな。まあでも、俺はそれで満足してよ。そっからはもう大丈夫だって思えたな。
そうですか。よかったです。あの、最後に聞いてもいいですか?
なんじゃ。
死ぬって怖いですか。
なんだ、そんなことかい笑笑…。あー、怖いさ。痛いからね。俺の場合は。まあ、でも途中で煙吸って、息できなくなったから、気失ってな、死んだけどよ。まあ、死ぬ時は痛みを感じないのが一番だな。死なないで生き続けることはどうせ無理なんだしよ。それでできれば、一瞬で死ぬってことだな。痛いのは嫌だ。もちろん、どうせ死ぬならって話よ。
なるほど。興味深いお話、ありがとうございました。急に伺って申し訳ありませんでした。
いいよいいよ、たまに話せてよかったよ。また、なんかあったら声かけてくれよ。
はい。ありがとうございます。いえ、ありがとうございました。
はいは〜い。

【短話】手のひらの小箱

手元に小さな箱がある。
縁には埃がついている。
払ってみてもキレイにならず。
布巾を濡らして拭ってみる。
包むよう全体を触って。
思った小さい感じ方。
内に隠れる大きさ。
強いとそれは潰れてしまう。
へしゃげたって出てこない。
悲しい気持ちだけが残るだろう。
だから私は閉じた手揺らし。
角打つ感触確かめる。
ここは落ち着く気持ちがあって。
心臓は身体の外に出せてしまうほど。
操れてしまう気持ち。
支配したいわけじゃない。
支配されたいわけじゃない。
重力があってこそ、バランスがあって。
手元に置かれたただ一つ。
中へストンと音がする。
静かに収まる手のおもり。
軽くて胸に抱きたくなる。
凝縮された気持ちの奥。
揺れていた小箱。
隠した布を放り投げ。
すっかりキレイになった箱。
ゆっくりフタを開けていく。

 

【短話】透明な船

船を漕いでいた。波に打たれ、重心を保って、腕を前に運んで引いた。今朝、港で吐いた息の先。視線は月光が差し込んだところに落ちていた。

魚になったかと思う。海にいた。船が転覆したのだ。すくわれてしまった。海がコンクリートだと思った。漕ぎ棒は垂直に突っかかると思った。もたれたさ。船がなくても歩けると思った。けれど到底勘違い。沈んでいった。

泡が身にまとう。呼吸はできない。身体に針が刺さった。一本だけを抜けばよかった。慎重に選び取り、よくよく痛みを観察する。皮膚の下にまで及んだ針。目を閉じ耳を澄ました。

抜けた。空気が溢れ出した。私は風船だったから、すごい勢いで萎んでいき、同時に進んでも行った。身体に空いた穴から、心臓が出てくる。それは浮き輪になって、私は海の中を漂う一枚の皮になった。

小魚が寄り、突いてくる。サメは手足を引きちぎって持っていく。最後は鯨に丸一飲み。心臓だけを海面に残して。

旅をした。きっと、同じところを何周も回った。私は消化されず、口の上顎に威張りついていた。舌には多くの餌が流れ込んでいく。咀嚼が一切なく、丸呑みされる。ただ飲んでいる。

ある時、暗い海の底で、鯨が大きな欠伸をした。その時、海流が横切り、私はぺりっと剥がれ脱出した。心臓は、これまで伸び切っていた分を引き戻すように、ぐっ引き上げる。身体全身が浮力にさらされ、はためきながら急上昇する。

空に突き出た。水飛沫が外れていき、空中で曝け出された。

暖かい。温度がさすった。月の光に溶かされた。皮の組織が破壊されていき、粉々になっていく。空気に混じり、新しい分子が発生する。紫に広がっていく空間。月の光は通さない。周りは黒くなり、紫の光を内に宿すようになった。それはだんだん浮かび、灰色の空に隠れていく。

空は大きさを広げ、月光の差し込み口を埋めてしまう。真っ暗になった波との間で、再び揺れるもの。それは透明で、まだ姿を表さない。

太陽の光が差した。まだ曇りが邪魔している。どこかが空けなければいけない。

港で、島を見ていたものがいた。男は一人、待っていた。ここでいい景色が見れるからと知ってきたから。通りすがったので寄った。時刻は朝四時ごろ。夜明けの時間。

波の音がなくなった。風が優しく一吹き。爪楊枝が降ってきた。無数の本数が水面に垂れる。その時、男は見たのである。

柱の間をすり抜けていく姿を。はっきりと、木造でできた姿を。そいつは、陽光を避け、向かってきていた。

坂口恭平を走り書く_3

断る理由はなかった。ぼくは小さい頃に連れていってもらったロシア人のサーカスしか行ったことがなかった。ぼくには経験がなかった。いまもない。いろんな経験はある。あるはずだ。あるのにかたっぱしから忘れてしまう。いつも何も残らない。それでもいま、ぼくはシミのことを書いている。思い出す、とも違う。そういうことはぼくにはできない。できないことはしない。

坂口恭平(2017)『しみ』(朝日新聞出版)p.20


 そもそもナミが存在するのかどうかすらわからない。バルトレンの姿が目に入った。何度も彼を見ている気がする。わたしは自分で書いたメモを読み返そうとした。すぐにいつの話なのかわからなくなってしまう。バルトレンは酔っていた。ここは酒場なのか、いたるところで酒の匂いがした。わたしはここにもう一度、戻ってくる自信がない。すぐに道を忘れてしまう。自分の体を少し高いところから見る、ということができない。目の前の道だけがいつも、こちらに向かってくるので、わたしはぶつからないように用心することしかできなかった。
 ペンは何か知った気になっている。しかし、彼が言っていることはどれも上の空で、なぜ周囲の人間たちが頷いているのかわからなかった。

『建築現場』(2018、みすず書房)p.36


「そうだ。砂漠だった。おれは車を降りた。見つけようともしなかった。それでも通り過ぎるんだ。いろんな動物が通り過ぎた。砂漠だからって生物がいないわけじゃない。水がないなんて馬鹿みたいな話だ。おれはそこで生きた。息を吸ってた。古びた紙片まであった。読まずにただ手に取ったよ。お前の手紙みたいに。そのまま何日か歩いてた。そこに森があったんだ。驚きもしない。ただそこに森があった。それだけだ。おれが知っていた森だった。まったく変わっていなかった。植物は育ったり、枯れたりするだろ? でもその森は写真とまったく同じだった。おれはそのまま森の中に入っていった。風すら吹かない日だった。夜だった。獣に食べられてもおかしくなかった。でもそのときは何にも考えなかった。ガラスに映り込んだその道をただ歩いた。入り口だってあるんだ。森には入り口がある。どんな森にも入り口がある。そこを間違えると、二度と戻れない。

『現実宿り』(2016、河出書房)pp.18-19


歩いていると、空間の切れているところがある。ヒラヒラしていて、奥から風が入ってきていた。

【ざっ記】無理に頑張らないで書く感じ

できれば毎日、何かしら文章を書きたいと思っている。
書くというのは僕にとって生理的な行為で、出さないとお腹の中で詰まってしまう。詰まると便秘になってしんどい。

それでも、書きたくないことがある。便秘になっているのか。きっとその反対。空っぽなのである。
書くことがないから、書きたくない。書くことはしたいはずなのに。
この時僕は、「書かなければいけない気持ち」に陥っている。

別に悪いことじゃない。書きたい気持ちに素直になっている証拠だ。
でも、そうして動機を押さえているのに、気持ちは裏側を向いてしまっている。
もったいない心の抱き方だ。

どうすればいいか。
もったいないの反対で、エコな気持ちを考えてみる。
ただ書きたいと思っている状態。書きたいから書いている時。書いているから書きたい。普段から書いているから、書きたい。
書いている時間が喜びだから、また書きたい。書けるならいつでも書きたい。
この時僕は、「書きたくなる気持ち」に入り込んでいる。

これには、いいことばかりでない。
確かにこういう時、書くことはどんどん溢れ出てくる。溜まっている。出したくなっている。出したら気持ちいいだろう。
しかし、全部出てしまったらどうだろう。出し切ったのに、まだ気持ちだけが一人歩きして、無理に出そうとしてしまう。
そうするとしんどい。そんなのわかってるけど、書きたい気持ちは収まらない。
そうして、小部屋に閉じこもることになってしまう。気づけば頑張っている。

書くことを、無理に頑張らないようにしたい。
頑張らないことは、ちゃんと書かないことを意味しない。
しっかり書く。書くが、書こうとすることをしない。
ただ書く、というのともちょっと違う。書くことに集中している、というのともちょっと違う。
書くことが習慣になっている、という表現なら近い。ただ、それでもハードルの高さが残っている。
もっと素朴に、当たり前と普通、この中間ぐらいの意味で、書くことを捉えたい。

そう。書くことは、事務的だ。
頑張らないで書くこととは、書くことを事務する、ということ。
事務的に書くのではない。それでは書類作成である。マニュアル通りに書くということではない。
事務する、と言った。人が事務をする、あの淡々とした手の動かし方を言っている。それを、書くという行為に取り込む。
この書き方を、「ただ淡に書く」と呼んでおく。

そして、ただ淡に書けて、頑張らないで済んだとしても、その書き方がそう淡々と続くものではない。どうしても無理が出てくる。
手は動くから、文章は出ているのである。
けれど、心がこもっていない。出てくるのを見ても、健全な状態とは思えない。そこにあるのは、潤いのない、乾燥した語句がバラバラ並んでいる。
つまり、手を貫く管の巡りが悪くなっている状態。だから、そういう書くことの血液、インクを質のいいものに、新鮮なものにしたほうがいい。

それには、新鮮な体験をすることである。
大したことをしなくていい。書くのは毎日。だから、いつでも起きていること。
それは、書き始める前。原稿に手を入れるその、白紙を眺める時。
書く時はいつでも、緊張する。「ど緊張」はしない。「ど」の濁点を取った、「と緊張」ぐらい。
その時に生じる、錯乱状に織り込む光の膜を咥える。
この時、書かれることが解かれる。チラついた糸を手繰る。一本の流れにしていく。途中から、川が上から下に落ちるような自然になる。
このなだらかに坂を下りていく感覚。これが、毎日の無理を書かないようにする傾きだ。

「なだらか」に書く毎日。書くことを厭わないような日々。もちろん、嫌っていない。でも、好きでもない。それは、「ただ淡に書いている」だけ。
ただ淡に書けないなら、単なるものは書かないと決め込んでいる。書いてやろうと思っている。書きたいことがあるはずだと思っている。実際はある、けれど容量がある。だから、擦り切れても書く行為に走る。こうした僕は、「書きたくなる気持ち」を携えている。
僕は書きたい気持ちに駆られる。この今の気持ちは前に置かれ、いつでも明日が書く予定になる。今日いる僕は明日も書く。
だから、明日のために書くことが毎日になる。今日は昨日の翌日である意味で過ぎた明日。だから書いているのは当たり前。
そして、その翌日の迫る明日も、書くという行為が決まっているのである。
僕は、「書かなければいけない気持ち」を背負っている。

それではなぜ、背負ってしまったのか。どこから重くなったのか。
僕は、書くことについて、一体何の責任を負ってしまったのか。

【短話】穂の黄金

穂がなびていて。そこに、一匹のてんとう虫を見つけた。夜になっても光らないけど、ちゃんと見えていた。かき分けて、かき分けて探せたから。一本だけ、丈夫なもの。それを掴めればよかったから。

 

 ***

 

夕陽が昇っていた。私はそう思ったの。顔を逆さまにしてたから。それでも、血は下に降りていくのね。

 

オレンジ色になったの。穂に絨毯が被さってね、耐え切れると思ったんだけど、やっぱりダメだったみたい。軽すぎたんだ。全部潰れちゃった。

でもね、見つけたの。一つだけ暗いとこ。周りは赤くってね、真ん中だけ真っ黒なの。こんなところにあるはずないものよね。だって、人の頭だったのもの。手に取った時ね。

中身がなかった。目はなくって、歯もなかったし、耳もなかったね。せめてあったのは、そうだね、鼻ぐらいかしら。でもね、その鼻は素敵だったのよ。私がみたことないぐらい。

しばらく見つめあったわ。目はないのに?いいえ。瞼を閉じていたわ。だからわかったのよ。返すのは当然じゃない。

そうしたらね、口が静かに動き出した。音はないわ。身体はないんですもの。ただね、それは風だった。音楽だったのよ。色付きのね。それも赤い、オレンジ色に負けない、真っ赤っかでね。耳から心臓に入って。

でも、その音は大きすぎたの。心臓が破裂しそうでね。目を閉じるの。そしたら、彼には身体があったのよ。瞼越しの風景ね。

彼は穂からできていた。きちんと根が張ってあってね、周りとうまくやってたみたい。まあ、もうオレンジにやられたんだけど。

そんな時にね、私が見つけたの。私にはやるべきことがあるってこと。手のひらにのった彼にすること。彼の口は閉じているのよ。もうわかったもんじゃない。早い者勝ちよ。

 

 *

 

一人の女性の手に、一つの顔がのっていた。
女性は頬を、もう片方の手で寄せていく。
沈んでいく。夜が訪れる。
紫滲んだ黄色が染め上げる。
二人だけの影を置いていき。
一つの結びつきを示した時。
月が吸い込み、影はなくなり。
黒く、焼けた跡だけが残った。
微かに、煌めいて。
新しい穂の芽が、黄金の瞬間のままで。