1ルーム

色々な1ルームを作って、シリーズ投稿しています。

【短話】透明な船

船を漕いでいた。波に打たれ、重心を保って、腕を前に運んで引いた。今朝、港で吐いた息の先。視線は月光が差し込んだところに落ちていた。

魚になったかと思う。海にいた。船が転覆したのだ。すくわれてしまった。海がコンクリートだと思った。漕ぎ棒は垂直に突っかかると思った。もたれたさ。船がなくても歩けると思った。けれど到底勘違い。沈んでいった。

泡が身にまとう。呼吸はできない。身体に針が刺さった。一本だけを抜けばよかった。慎重に選び取り、よくよく痛みを観察する。皮膚の下にまで及んだ針。目を閉じ耳を澄ました。

抜けた。空気が溢れ出した。私は風船だったから、すごい勢いで萎んでいき、同時に進んでも行った。身体に空いた穴から、心臓が出てくる。それは浮き輪になって、私は海の中を漂う一枚の皮になった。

小魚が寄り、突いてくる。サメは手足を引きちぎって持っていく。最後は鯨に丸一飲み。心臓だけを海面に残して。

旅をした。きっと、同じところを何周も回った。私は消化されず、口の上顎に威張りついていた。舌には多くの餌が流れ込んでいく。咀嚼が一切なく、丸呑みされる。ただ飲んでいる。

ある時、暗い海の底で、鯨が大きな欠伸をした。その時、海流が横切り、私はぺりっと剥がれ脱出した。心臓は、これまで伸び切っていた分を引き戻すように、ぐっ引き上げる。身体全身が浮力にさらされ、はためきながら急上昇する。

空に突き出た。水飛沫が外れていき、空中で曝け出された。

暖かい。温度がさすった。月の光に溶かされた。皮の組織が破壊されていき、粉々になっていく。空気に混じり、新しい分子が発生する。紫に広がっていく空間。月の光は通さない。周りは黒くなり、紫の光を内に宿すようになった。それはだんだん浮かび、灰色の空に隠れていく。

空は大きさを広げ、月光の差し込み口を埋めてしまう。真っ暗になった波との間で、再び揺れるもの。それは透明で、まだ姿を表さない。

太陽の光が差した。まだ曇りが邪魔している。どこかが空けなければいけない。

港で、島を見ていたものがいた。男は一人、待っていた。ここでいい景色が見れるからと知ってきたから。通りすがったので寄った。時刻は朝四時ごろ。夜明けの時間。

波の音がなくなった。風が優しく一吹き。爪楊枝が降ってきた。無数の本数が水面に垂れる。その時、男は見たのである。

柱の間をすり抜けていく姿を。はっきりと、木造でできた姿を。そいつは、陽光を避け、向かってきていた。