1ルーム

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【長編】冒険の神話(5)

道をずっと登っていく。砂粒だった道は、次第にその石を大きくし、瓦礫の道になっていく。周りの木々は、隙間の空いた地面から巧みに姿を紡ぎ出し、そこら一体の瓦礫を食べるかのように生えている。

それらの木はどこまでいっても高く登っており、その様子はまるで、地面から生えているのではなく、空が、地下から何かを吸っているようにみえる。

そんな不安定な道を歩くだけで、僕は自分がいつ、空の方に落っこちてしまわないか不安でたまらなかったのだが、歩くたび、その予感はするものの、踏み出す足は瓦礫をことごとく踏み潰し、ぐらっと揺れてはバランスを崩し、身体が一瞬浮くものの、空はいつまでも僕を放置し続けていた。

隠れた思いとしては、吸い上げられたいと思っていた僕は、少し期待外れな気持ちをしながら、今や遠くになったあのビルの街を眺める。

遠いところから見る方が、街の様子がよくわかる。あそこのビルは全て四角形だったが、この位置からは少し台形だったように見えていて、それらはまばらに集っていた。まるで焚き火の組み木のように真ん中の方へ寄っていて、螺旋状に生えていることにも気づいた。あの真ん中の火を灯すところで、僕はあのマントを取られたのだった。

悲しいことを思い出したので、もう見るのはやめた。船員たちの姿はあれから見えない。僕に追いつくなんてできっこないと思っていたから、まあそんなに気にしてないのだけど。

 

さて、少し平野に出てきた。相変わらず、道は瓦礫のままである。前方には海だ。しばらくずっと見ていなかった。波というのが、あんなにぬめっと、油が漏れるみたいに重なっている。

前の海はどうだったっけ。もっとさらさらしていたような気がした。

油海の左の方を見ていくと、岬が見える。そのすぐ下のそばに、船が浮かんでいた。木の船だ。船員たちの乗っていた船と似ていなくもない。もしかしたらあいつらの仲間である可能性もある。

気持ちとしては一海に駆け降りたいが、今はよそう。今日はこの林で過ごすことにした。

それにしても、ここらの木は本当に不思議な形をしていた。吸い上げるような形をしているだけでなく、木は太い一本ではなく、細い一本一本が集ってまとまって、束になっているようなものなのである。そして、それらが弾けてばらんと解けてしまわないよう、結束バンドのような役割を蔦が這い巡らしている。キツく縛られているものや、かなり緩くなっているものまである。風が吹けば、その違いは一目瞭然。しっかりした方は葉っぱが静かだが、ゆるい方は乱れに乱れ、擦れ合う音が聞こえてくる。

こんなにも木々は揺れるのに、地面に葉っぱは一枚も落ちていなかった。枝から付いている葉っぱは、強力接着剤でくっつけられたような付け根を持っていた。

試しに引っ張ってみても、全く抜けない。取れない。手に入らない。強く引けば引くほど、枝の元の方が折れてしまいそうになる。それくらい、伸縮性があった。手を離すと、ビョンビョンビョンといい、子どもが駄々をこねるような動きを見せた。その様が可愛いから、ついつい引っ張って遊んでしまう。ビョンビョンビョンビョン。違う木でも、ビョンビョンビョンビョン。

すると、音色が違うことに気づいた。木にによって、枝のしなり具合が異なり、葉っぱの大きさも違う。だから、風を切る音も変わってくるのだ。

きっとこの林に嵐が吹けば、この山では壮大な演奏が繰り広げられるに違いない。どんな演奏なのか、想像なんてできないだろう。

 

しばらく遊んでいても、飽きてくる。すると、少し離れた小高いところに、果物がなっているのが見えた。お腹を空かせていた僕は、待ってましたと言わんばかりの勢いで、その木の元へ駆け上がる。しかし、果物は手の届かないところにあった。

それは一つだけ、木のてっぺんあたりにぶら下がっている。黄色のような実で、今にも汁がしたり落ちてきそうなぐらいに熟している。あと一日経てば、もう食べ頃を過ぎて、腐り落ちてしまうだろう。どうにかして、早く手に入れたかった。

木は束でできているから、隙間は至る所に空いていた。登れないことはない。表面の細い空洞に、手やら足やらを突っ込んでいき、登ってみる。

半分ぐらいまで登った。しかし、途中で激痛を感じる。蛇だ。隙間の中に隠れていた蛇に、足を噛まれたのである。痛い。まただ。どうやらこの木には、何匹もいる。

このままでは顔も腹もやられてしまう。そう思った僕は、転げ落ちるように降りた。噛まれた手足は、ぼーっと膨れ上がっている。幸い、毒はないようだった。
再び木を仰ぎみると、表面の無数の穴から、同数の蛇が、舌を出し入れしながら伺っていた。あんな状態の木に、僕は悠々と登っていったのか。自分の無鉄砲さに飽き飽きした。

もう木に登ることは出来まい。なら、道具を使って、落とすしかない。あいにくロープは、あの街に置いてきてしまった。ロープに、あのお守りをくくりつけて、投げてしまえばちょうどいい道具になったのに。

後悔しても仕方ない。代わりになるものを探せばいい。まずは、ロープのようにしなやかな長物。そして、先っぽにつける重しのようなもの。

なんだ、周りに全て揃っているじゃないか。瓦礫と、木の枝。

 

僕は早速、木の枝を外す作業に取り掛かる。しかし、いきなり困難を極める。枝はやはり、そう簡単に折れてくれない。手当たり次第試すが、どれもこれも、伸縮するだけで千切れるところまでいかない。

一つ、小さな木があった。自分と同じ背丈ぐらいの木だ。他の大人の木に比べ、まだ成長段階とはいうものの、しっかり束になっている。ちょっと引っ張ってみると、ビョっと、音もなった。もう立派に、この林の一部である。

その木の中でも、特に小さい枝を引っ張った。これだったら行けそうだ。引っ張る。ビシビシと、音を立てながら抵抗する。こちらも負けじと、枝を地面の方にまで下げる。後一息。枝先が地面につき、足裏で押さえ、そり返った枝に、全体重を乗っける。

バキッと音を立てたかと思った。しかし、枝は静かに、ちぎれ落ちていた。その木は、その枝をつけるのを諦めたのである。

枝を手に入れた。子どもの木から得るのは大人気ないが、等身大の木にだけあって、なんとなく自分に勝った気もした。

手の内にある枝は、さっきまでのしなり具合をなくし、ふにゃふにゃになった。けれども、十分使える強度を持っている。

そいつを空中で回転させてみる。ぶんぶんと音がなった。よし、これでいける。あとは先の重しだ。

重しについては、正直どれでも良かった。瓦礫はそこら中にある。ただ、あまり大きくてもいけない。僕の腕力じゃあの高さに届かない。また、小さすぎても、当たって落ちることがないだろう。ならば、尖ったものがいいだろう。牙のような瓦礫。

ところが、そいつも見つけるのに苦労する。なんたって、ここの瓦礫はみな丸みをおおびていて、鋭利な部分が綺麗に削り取られているからだ。こうなったら、一つを割って、尖らせるしかない。

適当に選んだ石を持って、別の石に打ち付ける。しかし今度は、砕けて粉々になってしまう。

僕の力が強いのではない。石が脆いのである。全体に力が加わる分には、圧力がかからないから割れにくい。だから、瓦礫を踏んでいても割れなかったのだけれど、狭い範囲で力が入ると、その作用が一気に石に伝達し、その跡がわかるかの如く、粉々になってしまうのである。

これでは使い物にならない。困り果てた僕は、細かくなった石を手に取り、どうすればいいのかわからぬまま、投げやりになっていた。果物に目がけて、細かくなった石を投げる。届くはずもないのに投げる。石はポチポチポチ、その木の向こう側に落ちるばかり。

何度も何度も投げる。するとある時、イテッという声がした。

木の背後に誰かがいたのである。それも、言葉を話す者だ。

 

僕は嬉しくなって、その木に回り込んだ。

そこにいたのはキツネだった。黄色の体に、足と尻尾の先が黒い。

キツネはバレたと思った姿勢を見せたのだけれど、悪いことを企んでいるようには思えなかった。ただ、僕を観察しているような視線を見せる。

君はここで何をしているのかいと、キツネは話しかけてくる。あいにく僕は声が出ないから、なんとも言いようがない。とりあえず肩を上げ、とぼけた様子を見せた。

キツネはフーンという感じで、木の上をみてやったあと、首を縦に振った。言いたことはわかる。お前には無理だ、ということだろう。

でも、あの果物は今、自分の頭上にある。今取らなくていつ取るのだ。僕は本気なんだ。

地団駄を踏むジェスチャーで、僕はその気持ちを表現した。