1ルーム

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【長編】冒険の神話(6)

キツネはそれでも首を横に振る。なんでそんなに否定するのさと、僕はまた肩をくすめる。

すると、俺も同じだったからだと答える。要するに、俺も、お前と同じであの果実を取ろうとしたんだ。でも取れなかったから、こんな姿になったんだ。俺は普通の人間だったのに、変にずる賢いキツネにされちまって、もうどこにいっても誰にも相手にされない。相手をしたがらない。だから俺はいくあてもなく、たまにこうして戻ってくる。だって、他にどうすればいいんだ。こんな自分が嫌でも、自分がキツネとして新しく生まれたのは、この場所なんだからさぁ。と、聞いてもいないことを口走る。

このささやかな告白に多少なりとも驚いた僕は、じゃあ、あなたもあの果物が欲しいんでしょと、果物を指差ししながら再確認をした。キツネは、グッと喉を堪え、何にも言わずに果物を見上げた。

しかし、果物は一日で腐ってしまうだろうにと思った。キツネはもう僕の想いが読み取れるようで、次のように答える。

俺も一日で取らなければいけないと思って必死だったよ。お前のように、枝を折って、瓦礫を探してよ。でも結局、いい道具なんて見つけられなかった。だから、最終的に登ることにした。あの、蛇地獄をね。そりゃ痛かったよ。噛まれに噛まれて。手足だけじゃない。腹までいかれた。そしてあと三分の一ってところで、皮膚まで破れて、骨も見えてたね。とにかく蛇も俺の方も必死だった。そしたらだよ、あともう少しってところで、果物が目前になったんだ。よし、と思って、再び果物を見やったら、色が変わってしまってさ。赤色になってしまった。今みたいな黄色じゃあなかった。これゃ食べれないと思ったね。ここまで登ったが、とうとう諦めてしまった。それで降りた。降りたら、こんな姿になっていた。

あの果物はやはり一日で腐ってしまうようで、その合図が、赤色になることらしかった。そして、赤色になった果物を諦めることが、何か、身体に悪い変化をもたらすということらしかった。

キツネは続ける。

まあもう、どのみち今日は取らないほうがいい。赤色になってしまうから。今日のは諦めて、明日朝早く、また来てみな。そしたら次のが実ってくるから。明日朝一番、実った時を合図に登れば、もしかしたら、赤色になるまでにもぎ取れるかもしれない。蛇は痛いだろうが、まあやるんだったそうやって登る方法しかない。

キツネは優しいやつだった。方法を教えてくれたからだ。でも、嘘つきかもしれない。だってキツネだから。登ったのは嘘かもしれない。まあでも、他に頼るアイデアはなかったし、自分の経験したことを踏まえても、一番合理的に思えたのは確かである。

 

適当なところで寝床を探した。屋根のような窪みがあればどこでもよかった。僕はそこでちょうどよい木の元をみつけ、近くの瓦礫を手当たり次第砕き、そこに砂状のベットを、そして、来ていた袋を脱いでマット代わわりにして、仰向けになった。

時刻はすっかり夜。月がキラキラ輝いてた。両手を後頭部に当てながら、星空を見ていた。すると、星が少しずつ動いていく。上昇しているようだった。
実際、上昇していた。どこから上昇しているか。この林からである。ここら中一体からである。

辺りを見回した。瓦礫の隙間という隙間から、細かく砕けた砂のようなものがふくふくと湧いていた。誰にも見つからないぐらい、薄い煙になって、空に舞い上がっている。それは、火山の噴火する直前のような煙。それらはのっぺりと空に吸い上げられ、あの星々にまで飛んでいくのである。

幻想的な風景を見ているうちに、眠気が襲ってきた。瞼が閉じて、それがカメラを切るシャッターのようで、パシャリ、パシャリと、目の前の風景がまるっきり嘘だったかのように、眼の淡い記憶として残っていくのを感じた。

枕元で、誰かが囁く。耳の方に、細いものがぴちぴちと当たってくる。ああ、これは蛇の一種。木の束に潜んでいるヘビだ。なんだ、何をしにきたんだ。このヘビも、言葉を使えるのか。

怪しんで振り向く僕に、蛇はこう続けた。

いえ、私は決して怪しいものではありません。元々は、あなたと同じ生き物でした。それが、不慮の事故によって、あの木の束に潜むヘビと同じにされてしまったのであります。本当のことです。信じてください。

さっきのキツネの話に信憑性が出てきた。僕は目の色を変えて、釣り上がっていた眉毛を緩ませた。

ヘビは僕の耳元から目の前の天井の方に移動し、また話を続けた。

いや、それというのものですね、私はただの旅人だったのございます。この林も、それで通りかかっただけでございます。そして、あの近くの果物を見た。私はあいにく、手製のおにぎりを持ってきておりましたから、全然欲しくなかったんです。だから、通り過ぎようと思いました。しかしです。その木の横を過ぎようとした途端、ヘビが私のリュックサックに齧り付いた。あっ、と思いました。ヘビは、私のおにぎりを狙っていたのです。身を捨ててまで食べたいものがこのおにぎりとは、今になっては微笑ましい気持ちもしますが、この時は必死でした。なんとか盗まれないとする。けれどこちらは一人、向こうは何百匹もおります。負けてしまうのは時間の問題でした。気づけば、私の服はズタボロ、噛まれた跡で血だらけでございます。ヘビどもは、悠々と荷物を運んでいきます。

それで、普段は紳士な私でも、この旅がいくら精神の旅であっても、こればかりは怒りを抑えられませんでした、憎らしい気持ちが噴出しました。だから彼らが木に戻る前、最後の一匹だけ尻尾を摘んで、捕らえてやった。そして、地面に叩きつけ、ぐっと踏み潰してやったわけです。奴は半分にちぎれ、紫色の液体がぬめっと付着しました。そしたら、体が急に動かなくなったのです。液体が悪かったのでしょうか。どんどん体から、同じ液体が汗のように吹き出してきて、その分、体が小さくなっていく。視界も狭くなり、聞こえる音も狭くなっていく。顔が尖っていき、腕がなくなり、足も一本になっていく。そうしまして、今に至ったのが現在でございます。

僕は、それはそれは気の毒に、という顔をして答えた。

ヘビは言う。だから、くれぐれもヘビを殺してはいけないと、言いに来たのですと。

僕は、そうかわかったと頷き、ヘビはそれに満足したのか、穴のどこかへ消えていった。

 

朝一番、夜明けに僕は外を出た。空気は澄んでいた。空も、この林の砂を吸い上げるのをやめていた。果物の方を見ると、昨日とズレたところに、黄色の新鮮な色が実っていた。いよいよ僕は、あれを手に入れることになるのである。

木の元へ行く。そして、昨日登ったルートで、手をかけ、足をかけていく。朝だからヘビも寝ているだろうと思い、そっと音を立てずに登っていったが、そう簡単にはいかない。やはり、噛まれた。一度噛まれたら、どんどん噛まれる。同じところを噛まれるとなおのこと痛い。手なんて噛まれると、途中で離してしまいたくなる。それでもなんとか粘って、どんどん登り進めた。

気づけば、僕の周りはヘビだらけ。僕の背中は血だらけ。僕はなんとしても進む。
手を伸ばす穴という穴に、ヘビがいる。穴に手をかけるたび、手をやられる。足も同様である。そして、体全身は無数の穴の上を通り過ぎるから、結局全身をいつも噛まれている。服をつけていなかったら耐えきれなかったに違いない。

ついに来た。目の前に、手を伸ばしたら届く位置に、黄色の果物が見えた。赤色になるのには、まだ十分に時間がある。やった。ようやくだ。やればできるものだ。僕は嬉しくなった。

ただ、そいつがぶら下がっている枝には、ヘビが多く絡まりついていた。最後の抵抗とでもいうようだった。

私を噛むことも諦め、最後は全て、その実を守るために総動員している。枝はその重さでしなり、私より少し下になった。果実が、手の届かない距離になってしまった。

ええいと思った僕は、そこから全身を振り絞り、果実の方に飛び移った。

果実はさすが、枝から全く離れる様子がない。僕は宙吊り状態になった。

その勢いで、枝がガクンと下がる。ビシビシビシビシ。この林で一番大きい木が、一番大きな音を出した。そこから、グワンと、うねるような勢いが、枝に伝わったと思った瞬間、これまでにない上昇作用が身体にのしかかる。枝が戻ろうとしている。それも、想像できない力で。僕は果実を両手で掴み、胸元に近づけ抱き抱えた。グッと、全身の筋肉を固定させた。息を堪え、絶対に放すまいとした。

枝が戻る。空に向けて、このまま打ち上げた。足が、地面から空の方へ。ブチっと、果実の根本が切れる。

僕は飛ばされた。遠く遠くに、飛ばされた。林はすでに向こうの方。このまま僕は打ち付けられて死ぬのか。

手元に果実を抱えたまま、僕は目を瞑った。