1ルーム

色々な1ルームを作って、シリーズ投稿しています。

冒険の神話(15)

二人は、色々な場所を探し回った。かなり飛び回った。でも、なかなか見つかるものではなかった。いや、冷たい場所ならたくさんあり、冷たい人間ならたくさんいる。しかし、それらは多すぎて、彼らの仕事の対象にはならなかった。彼らが求めていたものは、暖かさに燃えた人間である。

第一、冷たい人間を相手にしても、暖かさが垣間見えたところでそこから引っ込んでしまうか、弓矢を放っても死んでしまうかのどちらかなのである。彼らはそうでない人間を探していた。つまり、弓矢を放っても、死なない人間。暖かさをその身体に背負っていける人間である。

そうしてようやく、彼らはその気配を見つけた。頭の輪っかの先端が、赤色に滲み始めた。そこには、黄色も混じっている。こんな色は初めてだった。きっとそこに、我々の矢を射るベく者がいる。そう考えた。

彼らが向かったのは、深い森だった。

その森は鬱蒼としていた。木が無数に生えており、無数以上に、蔦がくるくる巻いていた。木だけではない。木と木の間、そして地面の根っこにまで、その蔦は飛び交っている。蔦から生える葉っぱはすぐ枯れてしまうようで、いつもどこかで、枯れた葉っぱが腐れ落ちていく。そこの空間一体の匂いは、いつでも緑色が燃えているような臭いがした。チラチラ鳴っていく景色の中で、その蔦の枝部分だけが、元気よく、真緑に走り渡っていた。

二人は森の地面に降りた時、その様子にしばらく呆けていた。輪っかは黄色だけでなく、緑色も混ざるようになっていた。彼らにとってその場所は新鮮だった。それまで、地上にそんな場所があるなど知らなかった。ここで、暮らしていきたいと思ったほどだ。それほどここは豊かであり、ここの生き物たちも、彼らの想像をはるかに超えると思ったものだった。

あまりにも輪っかの緑が反応するので、黄色の方角が消えてしまう。困ったと、二人はみやった。とにかく手探りで探していくしかない。そう話が決まった。

目の前一体に張り巡らされた蔦の網を、矢の尖ったところで断ち切って進む。その切断面からは、透明な液体が滴り落ちた。不思議な液体だった。彼らの身体は、通常何も触れないのであるが、それは肌に当たるのである。水々しい成分だった。その雫が当たるたび、彼らの肌はキラキラ粉末を塗したように輝いていく。彼らは元気になっていく。そしていつの間にか、彼らの肌にも色がついてきた。彼らはまだ気づかない。そもそも、蔦を切る必要などなかったのに、切っているということを。

要するに、彼らは肉体を得始めていて、その身体が所持する矢も、物理的なものになってきているのである。だからその弓矢は、普通の狩猟道具になりつつあった。

そんなことを全く知らぬまま、彼らは森を突き進む。そうすると、熊を目撃した。
蔦を噛みちぎりながら、数メートル先を横切っていく。怒っているのか普通の唸りなのかわからない鳴き声で、歩いている。こちらに気づいたか。

二人は警戒していた。これまで人間としかかわってことなかったからだ。動物を相手に、どうすればいいかはわからなかった。彼らには、動物の気持ちがわからなかった。色が多すぎるのである。人間には、青色、赤色、黄色、というのが少なくとも見つけらる類であるが、動物はそういう区別すら許せない、色の豊穣さを持っている。だから、一度に単色が出てくるといったレベルではなく、常に重なって淡いを出しながら、変化している。

そんな動物たちを、彼らは相手にできない。そんな能力はない。その弓矢を使うのが適切かどうかもわからないからだ。

熊はこの時、彼らに気づいていた。目の前に現れる前から、蔦を切る音を聞きつけていて、すでに相手の様子を伺っていたのである。

対して彼らは、まだ自分たちのことを気づかれていないと思っている。うまくいけば、やり過ごせると思っている。今相手にしていてもどうしようもないからだ。

彼らは、熊が歩く反対方向に、摺り足を運んだ。しかし、蔦が邪魔して進めない。二人のうち太い方が、無理やり進もうとした。そして足を引っ掛け、転んでしまったのである。もう一人の細い方はそいつの手を取ろうとして、蔦が絡まってしまった。二人とも身動きが取れなくなってしまった。

そこに熊がやってくる。熊は涎を垂らしながら近づいてくる。二人の足元までやってきた。はぁはぁっと息を吐く。二人は唾を飲み込んだ。できることといえば、その震えた腕で、矢を突き出すことぐらいだった。

熊は大きく口を開け、二人は思わず目を瞑った。そして次の瞬間、熊は話し始めたのである。

 

君たちは、ここに住むものじゃあないね。随分前に似たようなものを見かけたけれど。

二人は虚を疲れたようにぼーっとした。細い方がかろうじて首を縦に振る。
そうかそうか。いや、驚かせてすまない。私は決して君たちを食べたりしない。私が食べるのは、うさぎだ。うさぎを食べる。前に落ちていた本には、魚を食べると書いていたけれど、それは別種の熊だろう。

彼らはなぜか命を救ってもらった気持ちになり、少々興奮気味になっていた。

君たちは、ここに何をしにきたんだい。別に悪いことをしにきたわけじゃなさそうだけれど。

彼らは弓矢を見せつけた。細い方が弓を引き、太い方がそれでやられるフリをする。

熊はその滑稽さに笑った。

なるほどなるほど。よくわかりました。獲物を捕まえにきたのですね。それは、捉えたい者と相談して決めればいいことですから、頑張ってください。ちなみに私を捕らえようとしても、相談に乗りませんよ。逆に食べようとします。

二人は全力で首を振った。

それはそうと、じゃああなたたちはどんな獲物を探しているんです。

熊は非常に親切だった。その動物がいるところまで大体の方角を教えてくれるとのことだった。彼らはまた例によって演技をして、珍しい人間を探していることを伝えた。

珍しい人間ですか。んー。思い当たらなくはないですね。その人間がそういう人なのか保証はできませんが。

そうしてクマは、何やら独り言を言いながら歩いていく。

二人がそのまま座っていると、後ろを振り返り、ついてきなさいと首を振る。

熊の歩く道には、ほとんど蔦がなかった。きっと行き慣れたルートなのだろう。それもよく見ると、道は途中で幾つにも分岐していた。あれだけ網だらけだったこの森にも、何本かの通路が確保されていたのである。

そのまま二人は熊に連れられ、広場に出た。熊は語り出す。

この広場にね、昔小さい集落があったのよ。だから人間が住んでた。年老いたものから、若い大人、そして子どもたちまでね。それで、我々と彼らは仲が良かったんです。もちろん、お互いに食べる仲ではあったのだけれどね。それはさっきも言ったように、相談次第だから。お互い納得がいくことが前提ですよ。

クマはその広場を回り始めた。

でもあるときね、その集落がなくなってしまったの。丸ごと。前日まではあったのに、翌日になると一欠片もなかった。これまでのが幻かと思ったわ。

太い方は、何かに気づいたかのように、両腕を斜めに振り下ろす身振りを繰り返す。

そうそう、正解。風なんですよ。我々も気づかなかったんだけど、その日の夜、静かに風が吹いた。でもそれはとてつもない風だったの。吹くところ全てを運んでしまうかのような。

細い方は、それでも首を傾げた。

確かに。じゃあどこに運ばれていったのでしょうね。それは私にもわからない。そして、あの人間たちが今は無事なのかもわからない。これでも心配しているのよ。

クマはそのまま、草の枯れたところに移動した。そこは、広場の中心から少しズレたところだった。

でも、全員飛ばされたわけじゃなかった。一人ね、ここで倒れていたのよ。あなた方と同じ色をした人間よ。ひどく痩せていた。身体中の生気が全部吸い取られてしまっていたみたいよ。

二人は、その人間に違いないと、頷いた。

ああごめんなさいね。でもそのあと彼は起きて、それに、ここから出たそうだったから、逃してやったの。だからここにはいないのよ。でもね、それだけじゃあ今私がこうして案内している意味がわからないでしょ。あのね、私ね、影をみたのよ。
二人は食い入るように接近した。

彼を口で咥えて運んでいる時にね、影が遠くの方で、私と彼を見つめているのがわかったの。ちらっとみたけれど、ぼやっとしててね、それがなんなのかはわからない。彼を逃したあと、急いで跡を辿ってみたけれど、もう見つけることはできなかったの。でもその影なら、まだこの森にいるかもしれない。

二人は確信めいた顔をした。そして礼を伝え、森の奥に入ろうとした。

待って。その影は、きっとあの火山の麓辺りだわ。そこまで行きなさい。

彼らの視線は、一つの頂点を捉えた。