【短話】遅刻
遅刻だ。
時計を見ると八時半、もう間に合わない。
みんなどうして起きれるのか不思議だ。
両親だってよく会社に遅刻するのに、私以外の家族は本当にすごい。
朝起きて、もう学校無理だなと思って、のびのびベットから上がる。
一階に行くと、二階の天井から雨漏りがしていた。また。そういう上にはお風呂があって、なんか漏れてるんだろう。
昼過ぎになって、堂々遅刻決定の父母が降りてくる。テーブルを囲み、今日これから何するかの協議が始まる。
まず、なぜ今日も遅刻しているのかそれぞれ理由を話す。
遅刻常習犯の父の理由。
もうここまで遅刻してたら、遅刻しない方が会社に失礼なんじゃないかと思うようになってさ。
楽天的なのはいいにしても、程がある。それを簡単に超えていってしまうところにびっくりし、父の良さでもあると思った。
遅刻の一番少ない母はこういう理由。
だって、毎日違うじゃない。毎朝同じ時間に起きるって変よ。だって、毎日違うじゃない。え?何が違うかって?それゃ全部よ。気温とか、太陽の光の具合とか、雲とか、家の前に生えている草とか。そんなの挙げ出したらキリがないけど、人間だけよ、同じ時間に起きること繰り返すのって。
母の言う人間とは、スーツを着た人たちのことを指す。あとは、電車に乗る人。よって、それ以外の人は人間ではないのです。かといって彼らは、動物でもないらしいけど。
最後に私の理由はこう。
今日と明日の距離感がわからない。どういうことかっていうと、いつから明日になるかわかんないっていうか。今日と明日、確かに日付は変わるんだけど、あれ、ずっと今日のままだなっていうか。きっと朝起きれている人は、ちゃんと寝れて、今日と昨日の間に距離を作っていけてるんだなぁと思う。でも、私はあんまりそういう感覚がない。
父母、大いに頷く。
そして、ここからは何をするかの話。
私から切り出した。
今日は、友だちを作ってみたいと思います。すごく天気がいいし、なんか、歩けば見つかるかもって思ってて。
父親はこう。
ちょっと今日会社にくのは失礼だと思うので、みんなのご飯を作ろうと思います。何がいいですか。ハンバーグ?ちょっと高いね。もやし炒めでいいかな。
そして母親。
私は近所を散歩して、迷ってみたいわね。あるじゃない。細い道を急に見つけて、進んだらどこかわかんないみたいな。
と言うわけで、協議と題した、ただのダラケ報告会が終わる。
ただ、うちの家族はここから行動に移すのが早い。自分で言ったからには、頭の中に言葉がこびりつくのである。
私は、親からろくな教育受けたことないけれど、その時の行動力は親から授かったと思っている。有言実行です。自分の素直な気持ちを言葉にすれば、身体は勝手に動き出す。
私とお母さんは一緒に外に出た。
日差しが熱いので、いい運動〜とかっていって、もう汗ダラダラ。
河川敷のところまでは一緒で、そこからお互い、反対の道に行く。
私は友だちがいないか探す。河川敷とかにいそうなんだけどなぁ。川沿いの階段を降りていく。すると、途中ぐらいのところに、英語の教科書が落ちていた。
汚れた表紙を見て、手に取った。留学かぁ。と思った。学校にすらちゃんといけてないのに。
開くと、サンフランシスコのお店の場面。目が見えない女性が一人、座っている。すぐ右上に書かれてある吹き出しは、彼女の独り言だろう。
英語全然読めないけど、ストレス、みたいな文字が目についた。
この人は、ストレスだったからこのお店で休憩しているのか。よく見ると、その女性の背後に、親が子どもを無理やり連れていこうとする絵がある。
あの子はどこにいくのかしら。小学校かな。この様子だと、学校行くの嫌なのかしら。でも、連れていかれるよね。
その親の顔もある。どうやら現地の人ではないらしい。タイの人だろうか。子どもに向けてやたら唾が飛んでいる。
体調が悪くなってきた。
耳鳴りがした。川を渡る橋に車が通る。ガタガタと揺れる金属板。ほんとうにノイズだ。
母は今頃何しているんだろう。きっと一人に違いない。うまく迷えていたらいいんだけど。
父は相変わらず、家でだらけているだろう。一昨日の新聞を読んで、へぇーとかって呟いてそう。
家族の様子を想像すると安心する。心が落ち着く。無理に生きなくていいって思う。
耳鳴りがしなくなる。
生活だ、生活。そう唱え、友だち探しを再開する。
しばらく歩いていると、トイレがあった。個室に入ると、足元にスーパーのカゴがある。取手はなかった。
なんとなく、私は手に持っていた教科書をそれに入れる。すると、カゴが自分のものに思えた。
トイレから出ると、外国人の人がこっちに近づいてきて、「ソーリー。ソーリー。」と言ってきた。
それで、カゴに入っている教科書を自分のものみたいに取り上げ、40ページを開く。そして、「UFO。UFO。」と言い出した。
後ろのトイレ口から、ネズミの走る音が聞こえた。
あ、あなたが、一人目ですか。私は、今も教科書を夢中になって覗いているその人に声をかけた。
こっちをみた彼は、スムーズじゃない反応を見せながらも、まあ、ぐらいの反応をした。
すごい!見つかった!
私は、私の半径数メートル以内で、快適になった。その範囲に、今彼が一緒に入っている。シェアしている。
友だちって、こういう出会いだよね。
その空間は、学校の部活みたいなコミュニティとは違った。二人で、自立生活をしているような感じだった。もちろん、飲み食いはしていない。今はお互いに立っているだけだ。でも、向かい合っていることで、お互いに助け合っている気がした。
私は彼に抱きついた。
すぐ上の方で、誰かが見ている。きっと犬散歩のおじちゃんだろう。別にどうってことない。
彼は身体をビクッと驚かせたが、耳元で囁いた。
「引っ越す?」
「ええ。私はそこで、子どもたちとたくさん遊びたいの。」
「それは、自由?」
「とはいえ寝てるだけんだろうけどねー。」
大事な時間だった。大人じゃない、私の一人が増えた。面白い。毎日が、面白い。