1ルーム

色々な1ルームを作って、シリーズ投稿しています。

No.4 放課後の座席表

誰もが白い息を吐いていたあの時期。夕日が落ち始め、学校から出る生徒の影が、長く伸びていく。その影の先にある、2階の教室。校舎が直角に曲がった角にある教室。窓からみえる机とイスは、黒板に向かって整列している。いたって平凡な並び。前に沿うように、後ろも続いていく。誰もいないこの教室で、夕日の影が、教室の床全体を暗くした時、それが起こる。座席替えが起こる。

                                          

チャイムが鳴り、生徒は一斉に立ち上がる。規律、礼。いつもの掛け声と共に、放課後が始まる。ガラガラと椅子を動かす音が響き、廊下から声が聞こえてくる。ある生徒は、急いで支度をしていた。教科書類をテキトーに鞄に詰め込み、椅子も机にしまわぬまま、一応机の中身が空っぽであることを確認したのち、さっと走り去っていく。だが、机の上には忘れ物が残ったままだった。シャーペン一本と、ノート一冊が、置いていかれていた。

そのことに気づいた友人は、シャーペンとノートを手に取って、走り去っていく方へ声をかけようとした。しかし、その姿はすでに廊下にはいなくなっていた。手元に残ったノートとシャーペン。ノートの方を表と裏と返してみる。表紙の真ん中が斜めにシワになって、少し凹んでいる。左下の角あたりは、少し黒く燻んでいた。なんとなく、中身が気になってくる。きっと今日戻ってくることはない。戻ってこないなら、別にみてもバレない。表紙をめくる。目を丸くしてしまった。

そのノートは、真っ暗だった。人の名前がぎっしり詰めて書いてあるのだ。それらは全て、下の名前で書いてある。一つ一つみていく。そうすると、見覚えのあるものばかりであることに気づく。どうやらこの名簿は、中学校の時の友人らしかった。中学も一緒だったからわかったのだが、自分が知らない名前のあった。ただ、そこに自分の名前はなかった。

1ページに収まるその群は、隣同士の間隔が均等に書かれてあった。まるで、綺麗に整列しているような、乱れのない座席のようだった。このように、知らない友人も含めて書かれてあること自体が奇妙ではあるのだが、さらに気になったところがある。一つだけ、名前が明らかに書かれていないところがあるのだ。わざと空けているような書き方だった。それは、真ん中から少し下あたりの位置にある。

その席は、今の自分が座っている席だった。この座席表は今のものではないとはいえ、少し怖くなる。自分の席はが、少し浮いているような感じがしてくる。この教室にあってもないような、不思議な感じである。その机をあまりじっとみているのも嫌になったので、ノートとシャーペンを置いて、荷物を鞄に入れていく。一つ一つ入れていくたび、自分がある文言を無意識に繰り返していることに気づく。私でありませんように、私でありませんように。

だんだんと、手の動かし方が無軌道になってくる。教科書にカバンを突っ込むようになる。するとそんな自分がなんだか嫌になって、教科書がカバンから落ちる。イライラしてくる。床に落ちた教科書は、みたくも拾いたくもない汚いものにみえた。めんどくさいめんどくさいと言いながら、ざっと拾う。すると、スラリとページの隙間から紙切れが落ちる。そこに書いてあったのは、誰かの名前だった。

手に持とうとする、途端、割れた窓から風が吹き、廊下に飛ばしてしまった。廊下を探したが、もうその紙切れはどこにもない。教室に戻った後、あのみえた時の映像を頭で一生懸命再現しようとする。確かに誰かの名前ではあったが、自分ではないことは確かだった。しかし、みたことがあるような気もした。その時、なぜか背筋が少し冷えた。

グラウンドからいつものように、えーい、えーいと声が聞こえる。窓の方に近づき、その様子をみる。野球部や陸上部が練習に励んでいる。そんな普段と変わらない風景だった。ふと、校門をみる。帰宅部の学生が帰っていく。入り口のところで、じっと、立っているものがいた。あまりみない感じの人だった。この距離なら顔も分かりそうだが、目を凝らしてみても、外を向いているのか、こちらを向いているのかわかなかった。

ブーンと、視線を向けている方向から音がやってくる。カナブンだ。顔の横を通り抜け、窓から教室に入っていった。天井を飛び回り、黒板の方に張り付いて鳴り止む。あの校門の方を振り返ると、もうそこに、その人はいなかった。カナブンがまた飛んで、今度はあの友人の机の上にとまった。ちょこちょこ動いては、少しとまって、飛ぼうとする仕草を見せる。その繰り返しだった。

今度は、こちらの机に飛んできた。椅子の持ち手あたりに止まった。ここではもう何も、動かぬ様子だった。羽すら出さない。じっと、こちらの方をみていた。このままでは明日もこの場所にいるかもしれない。それだけは勘弁してほしいと思った。上履きを脱ぎ、手に持って、それをはたいた。そいつは逃げもしなかった。ひっくり返って、お腹をみせ、床に転がっていた。

 

(続く)

 

「放課後の座席表」シリーズは、下記からご覧いただけます。

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