1ルーム

色々な1ルームを作って、シリーズ投稿しています。

No.5 放課後の座席表

誰もが白い息を吐いていたあの時期。夕日が落ち始め、学校から出る生徒の影が、長く伸びていく。その影の先にある、2階の教室。校舎が直角に曲がった角にある教室。窓からみえる机とイスは、黒板に向かって整列している。いたって平凡な並び。前に沿うように、後ろも続いていく。誰もいないこの教室で、夕日の影が、教室の床全体を暗くした時、それが起こる。座席替えが起こる。

                                          

この教室の人数は32人で、毎年毎年、使いまわされているものである。その分、机ごとに個性のようなものがある。机の角に傷が入っているもの、ゆすると少しバランスが悪いもの、裏に剥がしたシールの跡が残っているものなど、多様な特徴がその机らしさを醸し出している。生徒は座る机がどれかによって、性格に影響があるかもしれない。一年間、毎日座っているのだから。

しかし今日だけは、一つの机だけ目立っていた。椅子がないのである。机だけがポツンと置いてある。周りの机とは、距離が少し空いていて、その机から距離をとっているようにみえる。その机の上に、何かゴミのようなものが降った。ちょうどその天井が、雨漏りの後で塗装が剥がれており、今さっき、その欠片が落ちてきた。

欠片は水分をまとって、机の上に落ち、雫を飛び散らせる。昨晩の雨が天井に染み込み、水たまりのように張り付いていた。昨日の雨は急だった。天気予報には晴れマークしかなかった日だ。その雨は、みなが寝ている時間に降り、誰もが目覚める前にやんでいった。風は強くなく、嵐というわけでもなかった。垂直に、ただ雨が降り注いだ。それがこの教室の天井に浸透し、机の上に滴った。

染みついた机のシミが、斑点状の模様を作り、その一粒だけが、ある窓の景色を映しとった。魚眼レンズのようにフォーカスされる。周りの粒には、何も映っていなかった。光が届いていなかった。その一粒だけが、光に差し込まれていた。きらりと光った表面に、目を凝らす。鏡のように背後にある様子。

映ったのは、灰色の空で、そこからみえる風景は雲が渦を作っていた。雲はごりごりとした雷雲で、粒々としている。台風は発生していないのに、その渦の中心に、大台風が発生していると錯覚するような螺旋だった。真ん中は、どこまでも暗く、空は吸い込まれていく。この教室も、吸い込まれていく気がした。

教室の左側にある窓が一連、渦についてまわる雲によって濁り、前から二番目の窓が音を立て始める。ピシャリ、ピシャリと、ひびが生えていく。その変化は壊れていくようなものではなく、むしろ、元からその窓に入っていたヒビがようやくわかってきたような割れ方だった。そうして、ようやく、窓枠にまでヒビが達する。窓が割れた。

窓から入ってきた風が、教室の机を揺らす。机はガタガタと足を振るわせ、風が止んだ後もしばらく続く。次第に、その揺れはリズムを刻む。まるで、机たちが踊り始めたようだった。机の横にかかった荷物は落ちるものもあったり、一緒に上下に揺れたりするものもある。机は移動し、机同士がぶつかったり離れたり、角がノリあげたりする。

ひとまずその音楽が終わると、机の暗い引き出しから、小さな目が覗かせる。ネズミだ。ネズミが至る所から下りていく。そして、ある机の上に集まる。机は、ネズミたちの重みでへしゃげて、床にひざまづくような形になった。パイプは内側にくの字に曲がり、もう2度と使えない。机の板は裏のネジが緩み、今にもずり落ちそうである。

ある生徒が、教室に入ってくる。ネズミはどこかへ去ってしまった。崩れた机をみて、驚く様子を見せる。どうやら自分の机だったようだ。すると、だんだん笑い始め、背中を反らすほどになる。生徒の服は、制服だったが、この時、少し空気が入り、膨張したようにみえた。おーい、おーいと、笑っている。すると、今度は教室からおーい、おーいと返ってくる。

笑い声は、教室を満たし、洞窟であるかのような響きとなっていく。この教室は、この学校の中で一番古かった。廊下を曲がる、隅っこにあった。学校にいれば、いつもどこからかチャイムが鳴っている。定刻以前のチャイムが。誰もが聞いたあの音が、耳の遠くの端っこから、ちゃんと聞こえてくる。

 

(終)

 

「放課後の座席表」シリーズは、下記からご覧いただけます。

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