1ルーム

色々な1ルームを作って、シリーズ投稿しています。

No.1 放課後の座席表

誰もが白い息を吐いていたあの時期。夕日が落ち始め、学校から出る生徒の影が、長く伸びていく。その影の先にある、2階の教室。校舎が直角に曲がった角にある教室。窓からみえる机とイスは、黒板に向かって整列している。いたって平凡な並び。前に沿うように、後ろも続いていく。誰もいないこの教室で、夕日の影が、教室の床全体を暗くした時、それが起こる。座席替えが起こる。

 

この高校は、不良も目立たなければ、そこまで優秀な生徒もいない。みな、同じような大学に進学してくようなところだ。2階の隅にある2年3組。生徒数が32人のこの教室で、ある紙が配られ始める。進路希望を書く紙である。定期テストの問題みたいに配られ、いつまでに解答せよ、と書かれてある。どうせ似た学校に行くことはわかっているが、一応、自分がどんな学校でどんな学科に行きたいのか、各々頭を巡らせてみる。こんがらがった糸が、教室上空に浮かんでいく。

紙が全員に配られたあと、教卓の前に立つ教員は、一同を見渡し、もらっていないものがいないか確認を取る。そのあと、一呼吸おいて、説明をする。紙に書いてあることを再度言葉で繰り返す。生徒は、教師の顔をみているフリをしている。教師は、とっても重要な話であるという前置きを入れて、淡々と話す。ただ、わざと長い話をしているようにもみえた。少しニヤついた顔をして、なぜか得意気な語気を含んで。

話が終わり、帰りのホームルームが終わる。身支度をする生徒。ゆっくり片付けているものもいれば、足早に教室をさろうとするもの、友だちと話をして、荷物に全く手をつけないものもいる。いつもの風景であるが、どことなく、教室の周りに寒さが漂っており、中は暖かくなっている。進路希望という課題を前に、自分の人生を自分で選べる、そんな漠たる予感が、教室の床を少しばかり高くしていた。それが期待でしかないことも知っていながら。

もうほとんどが教室を後にした時間。まだ1人だけ教室に残っているものがいた。彼女は、誰もいなくなるのを待っていたかのように、読んでいた本を閉じる。そして、顔を上にして、あたりをゆっくり見渡す。机や椅子が乱れ、今にも列を崩しそうにしている。彼女はすっと、音を立てずに立ち上がり、席をキレイに並べていく。教室はだんだん寒くなり、並べる速度も少しずつ早まっていった。

元通りの教室になると、彼女は本を置いた机に戻る。近くまでにきた時、少し首を傾げる。置いていた本は、自分の机にはなかったからである。本は、自分の後ろの机においてあった。席を立って本を置いたとき、無意識にそうしたのかもしれない。そのことを確認するように本を手に取り、静かにバックに入れる。そして、いつものように、バックを肩に背負い、椅子をしまい、後ろの入り口から出ていく。 

 

(続く)