1ルーム

色々な1ルームを作って、シリーズ投稿しています。

No.6 ネコの行方

ネコが目の前を歩いている。今日は休日。僕は、ついていくことにした。

ネコの歩く姿をみていると、改めて、軽さのあるようでない歩き方だ。コンクリートの道を、滑っているように歩く。

ネコがどこに歩いているのか検討もつかない。しかし確かに、何かに気づいているように首をどこかに向けたりしている。

何をしているんだい、とネコに聞く。ネコは、挨拶をしているのさと答える。誰にしているのかは知らないが、人間で言えば、散歩しながら道端の植物を物色するぐらいの感じだろう。

ネコはただ道を歩くだけではない。塀にも登る。僕は流石に登れないから、視線の高さぐらいになったネコと歩く。

その角度からネコをみると、印象が少し変わってくる。道にいた時のネコは、逃げてしまいそうな感じがしたが、塀にいる今は、逃げる感じがしない。威張ってもいない。塀から落ちないよう注意深く歩いている感じもしない。まっすぐ前を見て歩いている感じでもない。一体、その滑らかさは何なのだろう。そんなことを考えながら歩いていると、僕が溝で転けそうになる。

ネコは、隣にいる人間が転げそうになるのをずっと、耳の穴からみている気がした。なんかムカつく。

でも同時に、そうみられていることで、僕はどこか安心していた。だって、もし転んでも、ネコのせいにできそうだからだ。君がずっとみてみぬふりをしていたから、僕は溝にハマったんじゃないか。そうやって言えると思って、気が緩む。

僕は溝にハマった。先ほどの考えを実行に移そうとした。とたん、ネコはすでにこちらをみていて、ぎっと睨み、シャーっと威嚇。

僕はたじろいだ。身震いをした。僕はポツリと、すいません。。。

なんでそんなに威嚇してくるのかを考える前に、命だけは、惜しかった。ただ溝にハマっただけなのに。

僕がじくじくしていると、ネコは呆れたのか飽きたかのどちらかで、僕の見えない屋根の方に登ってしまった。

僕は、1人になってしまった。

 

僕は今更家に帰るのもと思い、河辺に散歩しに行った。

行ってみると、しばらく来ていなかったことに気づく。そして、草がずっと生えていることにちょっと驚いた。

草は川の中まで侵食して、河を二つにしたり、また一つにしたりやっている。

それはまるで、草に流れがあるようだった。河は、草から派生してきたかのように、草が一つの運河を形成していた。

僕の足は、その運河へと歩く。ジャブジャブと足に水が入る。そんなことは気にならず、中洲になった草原へ、僕は立ち止まる。

僕は、川の真ん中に立っている。草の運河に立っている。時刻は夜になろうとしている。背中の夕日は、だんだんと沈む。

僕の影が、目の前にうっすらと伸びていく。運河の流れの形状のせいか、蛇行するように進んでいく。

その影はずっと伸びていき、見えなくなりそうなところまでいく。そうして最後に顔のようなものがプカっと姿を出す。

そこに何が映ったか。はっきりとは言えないが、それは僕が1人で家にいる時に感じてきた全てだった。家では走っていけない。家では寝ることが怖い。そんな子どもの頃から抱いていた気持ちが、その先っぽに、裏返しに映っていた。夕日の反対側にある、月のように。

僕はこれ以上にない憧れで、よだれが止まらなくなった。涙も出てくる。汗も出てくる。

僕はゆらゆら歩を進め、川に入っていく。足首ぐらいの高さだ。

そのままどんどん、光の方へ進んでいく。夕刻に放送される音楽が、僕の耳に入ってくる。

いよいよ混乱してきた。足は川の流れにあり、身体は、草の流れに触れていて、耳は、音楽の流れを聞いている。

三つの流れをこれほどまでに感じたことがなかった僕は、思わず歯軋りをしながら、食いしばる。それでも、足は前に進んでいく。

僕は進むたび、洗われていくような気がした。ぐるぐるぐるぐる、口に洗剤が入って苦い。お腹の調子も心配になってくる。僕は、だんだん圧縮されていった。

機械の足が壊れ、砕け、身体から離れてしまう。僕は上半身だけになる。

流れに体をひっくり返され、仰向きになった。一つに吸い込まれていく。

身を任せたあとにさらに気付いたのは、僕に心臓があるということ。

ドクンドクンと、波打つ。これも流れだ。川の流れ、草の流れ、音の流れ、そして、第四の流れ。

四つの流れが絡み合い、加速した。流れに沈み、呼吸ができなくなる。

僕は頭に強い衝撃を受けた。昇天したようだった。朦朧とした意識の中、頭だけとなった僕は、何者かに河辺の方まで運ばれた。

 

運んだのは、ネコだった。ネコは、遠心力で平たくなった僕を咥えて、歩き出す。

僕はエサにされるのかと思った。ネズミの気持ちを想像した。首根っこを掴まれているネズミ。

しかし僕の場合は、頭を加えられているだけだ。呼吸はできる。ネコが歩く動きに合わせて、僕も揺れる。その時に息が入る。ただ、心臓はどこかへいったから、吸うことはできなかった。

しばらく河岸を歩いている。揺れている心地がだんだんと、小さい頃の思い出に触れる。いっぱい遊んだ後に親の車に乗せられ、高速で帰った時間。一定の速度で、時々道路の継ぎ接ぎに揺れながら、妙に心地よい。ガラスの向こうから聞こえてくる車の音。乱れがない、一定の音。瞼が落ちそうになりながらも、前に吊るしてあるガラス越しにお父さんの顔をみようとする。。。このネコも、いつから知り合いなんだっけ。

気づけば、月が昇っている。運ばれている僕と、ネコの影が河にうつる。

うつったのは、雲のようだった。もくもくと、そこで留まっているかのような物体だった。

物体には見覚えがある。この物体は、コンクリートのような道を歩いている。僕はこの物体を知っている。この物体は、住宅の隙間にずっと隠れていた。僕が家を出るまでずっと。

 

嬉しくなったネコは、手の感覚を確かめるように、ちょっと走って、河辺を飛び越える。

鳴いてみる。別に誰も来ない。でも、そんなことを考える必要がなかった。

月を眺めてみる。月は、丸くなかった。球体そのものであった。夜という壁から、ぬらりと落ちてきそうだった。

本当に落ちそうだ。このままでは下にいる者が下敷きになってしまう。ネコは走る。

その速度は、ロケットのようだった。無重力の中を、速度にしていった。

気づくと空にいる。そして、月が落ちてくるだろう、影の濃いところを探す。

すると驚いた。どこもかしこも、黒い影を落としている。

ここは住宅街。家の一つ一つが、炭がかったように黒くなっている。丸焦げで、穴だらけのようにみえる。

町とは、コンクリートから生えてきた家々のことであった。家からは、何かガスのようなものが吹き上げている。

そこらじゅうから、ガシャンガシャンと、機械の音がする。何かを製造しているようだった。

一つ一つの家が、どうやら足のようなものをつくっている。その家ごとに違う、生活するための足を作っている。

でも、みんなただただ足が製造されていくだけで、動体がない。それだと、家から外に出ることができない。

外に出れないなら、あの河や、あの草原も知らない。それはあまりにも寂しい。

家の様子をもう少し眺めてみると、みんなも寂しい感じが伝わってくる。彼らも、動体を作ろうとしている。しかし、足だけで終わってしまう。足が完成しそうな瞬間、壊れてしまうのだ。積み木が崩れるみたいに。

でも一方で、積み木を壊すことを楽しんでいるようにもみえる。壊してしまったねぇ、と、諦め顔の裏に、ひたり顔のようなものを隠している。身体の内側を自分でこちょこちょして、とりあえずやってみたから満足しているような感覚。

これではもったいない。もっと、楽しいことがあっていいはずだ。

例えば、みんなで一緒に足を作ったらいいだろう。家を出る口実になるし、そうすればもっと早く足を作れて、動体にまでいける。

家のコタツでぬくぬくしながら、机の上で足を作っているような状態ではいけない。暖かさから足を抜いて、自分の足で外に出ていこう。

そしたら、誰かに会う。次に、自分の足がどこに向かっているのか、伝えてみよう。もし違う方向でも、重なるところがあれば、途中までは一緒に作れる。

部品は、家から持ち寄ればいい。結構いいものができるかもしれない。

そうしてもし、足がいくつもできたとする。家の単位を超えて、家と家の間の道を単位とする、少し大きな足が至るところで立ってくるとする。

こうして、町を覆うような動体に取り掛かることができる。足がどこか壊れても、別の足があるから大丈夫。足を作る人、動体を作る人の分業が進むことにもなってくる。

多くの人が、汗をかくことになる。でもそれは、気持ちのいい汗だ。汗は、人を感動させ、同じようにやってみたいというよだれを誘う。

これまで家ごとにバラバラだった機械音が、それぞれの歯車を回しながら、一つの空間を輪郭づけていく。

この輪郭は絶えずグニャグニャしているから、簡単にバランスをとることはできない。

でもそのアンバランスさが、その大きな部屋を柔軟にしていくための経験になる。

経験は他の町にも伝染し、この部屋自体がゆっくり、動いていくようになる。

 

気づくと僕は、車の後部座席に乗っている。高速を走っている。

窓をみると、暗い明かりが次々に重なって、外はぼやけたままである。目を凝らす。そこに、黒い影。

黒い影はだんだん大きくなってくる。このままではぶつかる。そんなことを考える間もなく、窓ガラスが割れる。ぶつかった。

勢いよく、空間がぐるぐる回って、斜め前に転がっていく。

道路から外れ、そのまま飛び出すように抜けた。ガラスの破片で血まみれになりながら放り出される。

下は海。落ちたくないと、手を振り回す。その遠心力か、一瞬、身体が浮いた。手が、歩いた。

僕は、頭から落ちていった。

深く深く、海の底へ潜っていく。

海底近くまでいっただろうか。

真っ暗で何も見えない。海圧のせいで目は潰れている。

しかし、ふわりそろりと、何かが僕の周りを囲んでいることには気づけた。ポコっと僕は泡を吐く。周りも泡を吹く。

僕は、歓迎された。月の光の届かないところで、そのまま、浮き上がることもなく。

 

(終)

 

ネコは何処へ。

 

「ネコの歩き方」シリーズは、下記の欄からご覧いただけます。

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