No.1 ゴミにさようなら
身体の左右は、ゴミ袋に挟まれている。
軽く腕を動かすだけで、ガサガサっと音がする。
袋のプラスチックの匂いが鼻をかすめる。
より意識をすれば、別の臭いがしてくる。
生ゴミだ。この部屋の隅で、見えない煙のようにもくもくと、さりげなく佇んでいる。
薄暗いところにいる。
まるで谷の中のような、粒々とした岩石に囲まれている。
歩ける道は細く、立って歩くと足に何かを引っかけて倒れてしまう。だから、四つん這いになって歩くのが常だ。
日中は何度か動く。特に目的はないが、ずっと座ってるよりマシ。
前に歩くことは、ちょっとした冒険である。微かな間に手を置き、ゆっくり足を動かす。あやまって壁にぶつかると、雪崩を引き起こしかねない。
どうしてこんなにゴミが溜まってしまうのか。それは溜まってから、そう思うのである。
ゴミを置くことにはためらいがない。
だから、ゴミは増えていくに違いないのである。
さらに悪いことに、ゴミは少しずつ堆積を大きくしていくのであるから、部屋の谷化は知らない間に進んでいく。むしろ、最初から谷のような風景だったとも錯覚するレベルである。
だからといって、ゴミはそのまま捨てない。袋に包んでおく。一応、燃えるゴミ、プラゴミにも分けてある。
袋は偉大だ。使い果たしたゴミを、まるっきり別物にしてしまう。この袋もまたゴミという人もいるが、やはり生ゴミのそれではない。ゴミを包むゴミは、サンタさんの袋のようで、一度にたくさんのゴミを運ぶことができる。生ゴミ自体は捨てるしかないが、ゴミ袋自体は捨てられない。まず、運ぶものなのである。
ゴミ袋は機能も優れているが、個人的には肌触りもいい。触るとスベスベしているし、クッションのようにもしてしまえる。思えば、臭くないゴミ袋をみんな寝る時に使っている。
そんな悪くないゴミの山にも、ちゃんと日光が差してくる。
カーテンの隙間から、優しくチラチラ照らしてくれる。映し出されるのは、同じような山ばかりだが、それでも、みたことがない山肌に感動する。ゆらゆら揺れるカーテンは、光の濃度を様々に変化させ、山の表面は脈動する。
ボーッと夢の中にいるような世界を眺めていると、光を留める袋と、そうでない袋があることに気づく。そして、光は点々と奥の方に続き、一つの方向を暗示しているように思えた。
誘われるように身体を進める。角を曲がり、ジグザクにいき、小山を登る。
小高いてっぺんのところで、休憩を挟むことにした。
寒気がする。標高が変わったせいだろう。身体をさすりって、温まった気になる。
ふいに、足元が動く。その山は微妙なバランスで保たれていて、今にも崩れる。身体はグラっと揺れ、雪崩に巻き込まれた。
呼吸ができなくなる恐れを感じて、しばらく死んだふりをしていたように目を覚ます。真っ暗だが、この気配はいつもの部屋である。
なんとか顔を出す。すると驚いた。視覚的に驚いたのではない。臭いだ。先の災害で、袋が破けてしまったのだろう。四方八方から飛んできた矢に刺さったように、臭かった。
鼻はその勢いに耐えられなかった。鼻の神経は壊れ、へしゃげてしまった。これでは困る。匂いは嗅ぎたくないが、このままでは笑い者である。慌てて辺りを探っていると、いい形をした何かに触れた。それを取って、新しい鼻として付けかえる。不思議と臭いが平気になる。
むろん、臭いの感覚が消えたわけではない。肌感は残っている。くもくも浮いた細長い物体が、部屋を飛んでいる感じ。
気を取り直し、とりあえず散らばったゴミを袋に包み直すことにする。破れた袋を集め、端と端を結ぶ。そうすると大きな袋になる。改めてゴミ袋には感心させられる。本当に包容力のあるやつだ。
ゴミをまとめ直すと、不思議と前よりスペースが空いた。
道が新しくみえてきた。向こうでいくつも分岐をしている。
カーテンから揺れる光が分岐を何度も照らし、目前には平らなエスカレーターが根っこのように伸びているようだった。