1ルーム

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No.7 つついた世界を散歩して

          

真っ暗な宇宙に、まあるい地球がぽちょんとしてる。つつかれてできた、指先の滴。赤血球のような始まりから、砂だらけの荒地を経て、今では雲がぷかぷか浮かんでる。けれど、雲が出てきてからというもの、宇宙からでは何が起きているかわからなくなってきた。雲の影で隠れてしまうからだ。そのため、地球がどんなふうになっていくか賭け事をしても、誰も予想ができなくなってしまった。これでは、ただの運ゲーだ。それでは面白くない。そして、自分がこの世界を作ったものでもあるから、このゲームの運営上、責任ということもある。そこで、僕は単身、この世界に入って、散歩しようと企てたのだった。

 

最初は、人間のカタチになって、さまざまな人を観察してきたのだが、今は、風のカタチになって、やはり人を観察している。この世界の予想外の展開には、必ず人間が大きく関わっているからだ。風になってからは、感覚に変化が訪れ、人以外の動きがみえるようになってきた。それらは、宙にふわふわ吹いていたり、ある家のところにぐわぁ〜っとなだれこんでいたり、空き地で何やら楽しそうに回っていたりと、みえないが、確かに動いていた。輪郭だけが、テレパシーのように脳内に入ってくるイメージだった。自分には、人以外にも、風がみえるようになったのである。

人間の頃は、風は過ぎていくだけで、捉え切れないものだった。いつも、視界の端からすり抜けて、遠く遠くに飛んでいってしまっていた。それが今は、ちゃんと目で追うことができる。どこから飛んで、どこへ飛んでいくのか予想できるようにもなった。

そこで、風を観察することにした。先に動き方には何種類かあることは言ったが、ずっと同じように動いているわけではない。例えば、一つの家に入っていく風は、ずっと入っていくのではなく、あるタイミングで、ピタッと入るのをやめ、またあるタイミングで、ガガッと入っていくのである。風にも、どうも考えがあるようで、流れに任されているのではない。風も、人間と同じように行きたいところがあって、常に、そのきっかけを待っているのである。

では、風はそこで何をしているのか。ゆらゆら、その家に近づいていくと、風は窓から入っていく最中。窓は閉まっていたが、風にとっては関係ない。家と外がつながっていることが、条件だ。2階に入っていった後、そこから赤ん坊の鳴き声が聞こえてくる。1階の方から階段を駆け上がる音がして、ヨシヨシと慰めるお母さんの声。そのまま風は隣の家に映って、ドラマを見ている人の部屋に。ちょうど感動した場面なのか、泣いている。この二つの事例から類推するに、おそらくこの風は、人に悲しさを運んでいるらしい。風を知ることは、その人の感情を知ることになるようだ。

人は、怒ったり、泣いたり、喜んだりする。そうして冷静になった後、その理由を考える。そうして、それなりの考えが出てきて納得したとしても、それはどこか空を突くようなことなのだ。感情に、それが起こる始まりはないのである。なぜなら、感情というものはすでに起こっているものであり、ならば、ただあちらこちらに流れては飛んでいくものだからである。もし、真の理由を求めようとするなら、それは風しか知らないのだ。

風を知るために、人も努力をしてきた。風の向きを測ったり、風速を測ったり、温度でそれを知ろうともしてきた。しかし、風は人にはみえないのである。みえないから、いくら指標を作ったところで、その全体がわかる端には辿りつかない。だから、やはり自身が風の身にならなくてはいけない。身体が身軽ではなくてはいけない。そして、みえないけれど、みえているということがわからなくてはいけない。子どもは、まだみえている。今も、僕の方を指さしている子どもが下にいる。

子どもは、「あっ」と、声を出す。隣にいる大人は、「何もないよ。」としか言わない。しかしこの時、子どもの「あっ」という声は、風に乗って、風が動く軌跡をみる助けになるのだ。風自身も、そこから人間の考えを得ている。要するに、子どもは、風と人との間役なのである。もし、子どもがいなくなれば、風は人に間の悪い感情ばかりを吹き込むことになり、争いばかりが起こることになるだろう。

 

そろそろ、日差しが強くなってきた。風の身体は乾燥して、その勢いをいよいよ失おうとしている。この世界に、どうしてこれほどまでに予想外が起きるのか。そのカギを探すための散歩だった。あやしいのはどうも人間だということはわかっていたのだが、ビルの間で歩いている人や、ベンチで寝ている人は、どうも寝ぼけていて、確かなことを見つけることができなかった。ただそういう大人の中にも、風を取り込もうとしている人、風をしまい込んでいる人がいないではなかった。しかしそれでも、風は取りこぼされてしまう。風は、空中をただ抜けていくものだからだ。そして、このことに唯一気づいているのが、子どもだった。子どもは、指を空中につつくことで、一瞬、風と情報交換をしている。そして、この情報交換ができないから、風は人に余計な害を与えるのである。だから、この世界では予想外が絶えない。だから、子どもをみるのだ。この世界の秘密は、子どもの指先にあるのだから。

 

(終)

 

「つついた世界を散歩して」シリーズは、下記からご覧いただけます。

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