1ルーム

色々な1ルームを作って、シリーズ投稿しています。

No.6 つついた世界を散歩して

          

自分はこの世界を指で作った。だから全て知ったつもりだった。しかし実際に散歩をしていると、それまで全く気づかなかったところに行ったりする。迷い込んでしまうかもしれない、危険なところである。この時、誘われないようにする一瞬の判断が肝心である。ギリギリで踏みとどまること、これができるかどうかで、次に進めるルートが変わってくる。

 

橋の下で休憩していると、隣につむじ風が発生し、自分の身体も緩やかに巻き込まれようとしていた。息が吸い取られているようで、三角座りのまま、身体が動かなくなっていく。感覚がなくなっていくにつれて、身体の輪郭も消えていく。自分は隣の透明な渦と一緒になろうとしている。頭では何とか防ごうとするが、身体はぴくりとも動じない。一生懸命編んでいた編み物が、一定の速度で解けていくような必然だった。もう止められない。頭と身体は分離してしまって、心の中でその過程をみとめるだけだった。

心では冷静だった。身体が解けきって、輪郭がなくなった後も、心は橋の下にある。じっと、その土地に着地するタイミングを待つ。ふわりと、少し弾んで、浮遊できるようになった。視界は、人間の視野と比べて、360度把握できるようになった。周りの音は入ってくることには入ってくるが、川のせせらぎは切れ切れとして、はっきりと聞き分けることはできない。自分はこの時、風になったと悟った。

もともと、この世界を散歩するのにどんなカタチでもよかったのではあるが、まさか人間から風のカタチになるとは想像していなかった。風にも一応身体というのがあり、しかし輪郭がないため、変に全身がこそばい感じがする。周りに小さい電気が帯電しているようなピリピリ感もある。移動の感じも人間とは違い、風景全体が万華鏡のように映り変わりながら変化する。その光景は、自分が世界の中を動いているより、世界が勝手に動いているような錯覚を覚えさせた。この全く新しい情報の取り入れ方は新鮮で、ウキウキしてくる。今度は、歩いてではなく、空から人間を観察できる。早速、動いてみることにした。

土手の上空にいき、横一本に延びた道をみる。これまでは人間の目線でみていたが、風の目線は斜め上からだ。みえてくるのは、ランニングをする人、学校に通う人、バイクに乗った人である。それぞれバラバラに、各々が向かう方向にすれ違っていく。そんなことを思いながら浮かんでいると、雲行きが怪しくなってきた。だんだん空が暗くなり、雨が降り出した。しかし、遠くの方では晴れている。どうやら、自分の渦が周りの雲を集め、雨を降らしてしまったようだ。

人々は、天気予報のハズレを嘆くような顔をして、ダッシュで逃げ始める。その中で、ある学生の人が、ずっと前に閉店しただろうお店の出っ張り屋根の下に避難した。年は、おそらく高校生くらいで、女性用の制服を着て、髪を結んでいる。カバンについた水滴をはらって、カバンの中からハンカチか何かをゴソゴソ探している。それでも見つからなかったのか、カバンをまた肩にしょい直し、小さく息を吐いてから、どしゃ降りの雨雲を眺める。

その人の顔は、雨で濡れていた。髪の毛はグシャリと、前髪はいくつかの束になって、目に入りそうになっていた。その目尻には、雫が溜まり、涙のように頬を伝う。コンクリートの地面に落ちたその跡は、すぐに消えずに少しずつ大きな染みとなって拡がっていく。その足元に気づいたのか、左足で消そうとする。コツコツと先っぽでたたいてみて、足裏全体であて擦ってみる。けれど、余計に染みは広がっていく。

彼女はそれからしばらくボーッとして、だんだん寒くなってきたのか、両腕をさすりはじめる。足を右、左と上げてみて、少し身体を温める。それでも、この風が上空にいる限り、雨はやまないのである。むしろ、どんどん雨は強くなっていく。土手道の土が、店のコンクリートに入り込み、水たまりもできてくる。彼女はようやく決心をしたらしく、カバンを頭の上に起き、水たまりを蹴って駆け出した。

 

屋根から雨に乗り出すその時、チラッと目が合った気がした。ドキッとする。その拍子に雷もなる。自分が起こした雷にビビりながらも、その顔つきが、その場所で、残像として残る。その瞳には、大事なものが込められていた。何か、彼女をその場所で止めることができなかった原因がむくむく動いていた。次第にその像も薄れ、ぼやけていく。気づけば、彼女はどこかに去ってしまった。

あてもなく、その行方を、周り全体にうかがう。彼女はどこかにいったのか。それすらあやしかった。彼女は、その場で消えてしまったかのようだった。呆気に取られたのか、風の勢いも弱くなり、雲が自分から遠のいて薄れていく。何となく上の方をみると、空には大きな虹がかかっていた。その真下に、ひゅるひゅると音を立てている、一つの風がある。

 

(続く)

 

「つついた世界を散歩して」シリーズは、下記からご覧いただけます。

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