No.2 つついた世界を散歩して
ほんの気まぐれでつくった世界で、人間として観察することになったのだが、それなりの代償があった。
情報の取り入れ方がやっかいなのである。五感という感覚器官を通さないと集められない。
例えば目。これは前しかみえず、後ろをみることができない。
後ろは耳を使って聞けばいいが、遠くのことが聞こえない。
鼻は少し離れていても嗅ぐことができるが、それでも距離に限界がある。
口はいまいち使い方が分からず、皮膚は身体を守るためにあって、情報を取り入れられない。
観察するには、まずそういう感覚器官の使い方から知らなければならなかった。
人間になって、最初に慣れてきたのは、目だ。
眼球を動かしていくと、瞼の存在に気づき、瞼を開けることができた。そこでみたのは、灰色の壁だ。
首を下に動かしてみる。すると、灰色の地面があり、壁とは一人分の間がある。
首を右に動かすと、明かりが見えた。右耳から音が聞こえる。耳が反応し出したようだ。左耳は、何も聞こえない。
ゆっくり、光の方へ歩いていく。すると、大きな道に出てくる。人が自分の前を横切る。多くの人が、右から左へ動いている。
来た道を振り返ると、嫌な匂いがした。その道の隅には、ゴミ袋が並び、ある袋は破けており、よく分からないものが飛び出ている。
お腹が鳴る。自分は全くの空腹だった。
腕が咄嗟に、飛び散った何かを拾い上げ、口に入れた。
しかし、吐いてしまう。何度入れても、同じことの繰り返し。どうしてか分からなかったが、目から涙も出てくる。
それでも、なんとか口に入りそうなものがみつかり、この世界にきて初めて、感動というものを覚えた。
この世界では、狭くて暗い細道にいけば、食べ物に困らない。
狭い道から太い横道に出て、人をみる。誰もが同じ方向を向いて歩いていた。どこに向かって歩いているのか、それは分からない。
少し遠くを見ると、道は向こうに続いており、反対方向に列をなしていた。そうやって、ぐるぐると同じ方向を歩いているのだろうか。気になったので、スッと横から入ってついていくことにする。
背中について歩いていると、円の動きから離れていく。ぐるぐるしているわけではないらしい。そのまま抜けていったグループに進んでいくと、みな大きな建物の中に入っていく。中に入ると、一人一人が小さな仕切りに分かれていき、何やら手に持ったもので機械に当てて入っていく。どうやら、手に何か持っていないと先に進めないのだ。そういえば、ここに来るまでも小さい機械を持っていて、それをみながらここまでやってきていた。
あいにく、自分には手しかないのだから、その資格はない。傍にあったベンチに座る。一つ隣のベンチには、人が寝ているようだった。髭が生えていて、帽子を被ったまま寝ている。側には大きな袋があり、中には空き缶がたくさん入っている。僕は、この中に何か食べ物がないかとそれが気になったが、周りの歩く人は近寄ろうとしない。ゴミ袋は、人を寄せつけないらしい。
このとき、自分は少数派という考えを持っていることに気づく。じゃあ、ゴミ袋が嫌いな人間は、何が好きなんだろう。多くの人は、小さな機械を手元に持ちながら歩いていく。その人たちは、前を見ないにも関わらず、誰ともぶつからず、当たらないラインで歩いていく。これが楽しいのかもしれないと感じた。これは、人に当たらないゲームだ。視界を制限するデメリットの中で、いかに人を避けるのかが、このゲームの醍醐味である。
どうやらこの世界には、歩く人と寝る人との二種類の人間がいる。歩く人は、手持ちの機械を持ち、寝る人は、側にゴミ袋を置いている。
(続く)
「つついた世界を散歩して」シリーズは、下記からご覧いただけます。
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