1ルーム

色々な1ルームを作って、シリーズ投稿しています。

No.3 放課後の座席表

誰もが白い息を吐いていたあの時期。夕日が落ち始め、学校から出る生徒の影が、長く伸びていく。その影の先にある、2階の教室。校舎が直角に曲がった角にある教室。窓からみえる机とイスは、黒板に向かって整列している。いたって平凡な並び。前に沿うように、後ろも続いていく。誰もいないこの教室で、夕日の影が、教室の床全体を暗くした時、それが起こる。座席替えが起こる。

                                          

教室には誰もいない。グラウンドで部活をする声が窓から聞こえる。窓は声をフィルターにかけ、一定のものしか拾わない。えーいえーいという応援が、窓から響く。閉じたカーテンの間から、床へ声がおりてくる。床は振動で軋み、ミシミシという音に変わっていく。音は教室という空間に受け止められ、染み込んでいく。床や壁にみえるひび割れは、教室がその音を何度も何度も吸い込んで、成長した証拠である。

この教室左側の窓は、全部で7つである。一つは開かない窓で、黒板のすぐ近くにある。それを先頭とすると、二番目の窓と三番目の窓はセットである。この二番目は、立て付けが悪く、開ける時は最初に力を込めなくてはいけず、閉める時は一回でちゃんと端までいかない。しかし、上下に動かす鍵だけは、えらくスムーズに動くのである。そのおかげで、そこまで厄介だと思われずに済んでいる。

この窓には、角の方にひびが入っていた。ただ、表面に誰かが引っ掻いたような程度のもので、危ないものではない。教室のミシミシという音を、少し気にするような震え方をしているだけだった。今日も、その窓はその佇まいを変えず、二番目として壁に張り付いている。すると、大きくえーいという声が聞こえた。おーいだったかもしれない。いつもと変わった声だった。その直後、パリンと割れる。破片が床にこぼれ落ちていく。穴が空き、それまで知らなかった風が教室に入り込んできた。

風は勢いがあり、教室の中を一周した。椅子はもろもろガタガタし、影響を受けたものでは、少し向きを変えたものもあった。風はその一度きりであり、吹いたっきり、ぴったりやんだ。教室には、まだ窓ガラスが破られた緊張が残っており、机や椅子の並びには落ち着きがない。そこに、ある女生徒が入ってくる。部活から途中で抜けてきたのか、慌て気味で入ってきた。やばいやばいと独り言を呟きながら、割れた窓を確認しながら、近づいていく。

彼女は、足元に散らばった破片に、こわっとつぶやく。次に、割れた窓をみて、首を傾げた。二番目の窓は、不思議な割れ方をしていた。穴は空いていたが、何か球が飛んできて空いたようではなかったのである。ガラスはもちろん、丸く大きくは空かない。ギザギザに空くのが一般的である。しかし、ここの割れ方は違った。どうも、ひび割れた穴が何個か空いて、一つのまとまりを作っているのである。まるで、散弾銃で打ってきたかのような状態であった。彼女は周りを見渡す。彼女が探していたボールなどは、やはりどこにもなかった。

彼女は教室を間違えたのかと思い、隣の教室に行こうと黒板の高台へ出ようとする。そこに、カツっと音がする。足元には、ガラスの破片が一片飛んでいた。窓からは明らかに離れすぎている距離に、それはあった。彼女はなんとなくそれを手に拾う。あの窓をもう一度みる。そこから夕日の光が差し込んでいた。その光は、机の方に伸びていて、あの丸い独特の影が揺らついている。

歩みはそっとその机の方に向かい、大事なものを壊さないような手つきで、その机を撫で始める。イテッという。破片が、手に小さな傷を入れて、半分入り込んだ。血は出なかった。その破片をみつめる。教室に、声が響く。おーい。おーい。それを聞いたのをきっかけに、彼女はぎゅっと握りしめる。

 

(続く)

 

「放課後の座席表」シリーズは、下記からご覧いただけます。

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