【短編】電線
電柱に一羽、とまっていました。
休んでいるようでした。
頭をキョロキョロ動かして、じっとしています。
何を見ているんでしょう。
どこを見つめているんでしょう。
きっと、向こうの電柱にいるあの鳥です。
二匹の鳴き声は違います。
先ほどの一匹は、ピーッと鳴きます。
向かいの一匹は、ピューッと鳴きます。
ピーちゃんもピューちゃんも小さい鳥ですが、色も違います。
ピーちゃんは茶色。ピューちゃんは灰色です。
二匹は、滅多に出会うことのない仲でした。
それがたまたま、電柱同士で落ち合った。
最初はお互いに知らんぷりしていました。だって、お互い知らないからです。
けれどずっとそばにいるようだから、試しにピーちゃんから鳴きかけてみたのです。
すると、ピューちゃんが鳴き返した。
それからです。
二人はもう、友だちなのでした。
電柱の間には、大きな道路が通っています。
車がビュンビュン走っている。
ある車は、ピューちゃんをみます。
別の車は、ピーちゃんをみます。
でも、二羽を同時に見る車はいませんでした。
車が二羽見るためには、どちらかが、同じ電線にうつらなければいけません。
そこからが長かった。
ピーちゃん、ピューちゃん。どちらも盛んに鳴き返すのですが、飛ぼうとしないのです。
お互い、そこで線を引いてしまっている。移ってしまうことを恐れているのです。
ピーちゃんは、お母さんのことを思いました。もし、ピューちゃんの側に行けば、きっとお母さんに叱られるだろう。そう考えたのです。
対してピューちゃんは、弟のことを考えました。もし今、ピーちゃんに行ったならば、弟は怒り狂うだろう。そう思いました。
だから、お互いがそれぞれの理由で、飛び移ることができないでいたのです。
そこに、大鳥が飛んできました。白くて、大きい翼を広げて。
そして、その小さい嘴で、こう言うのでした。
君たち、そろそろそこをどいて欲しいんだ。今から、私たちの家族がここにとまりに来る。まだ赤ん坊もいるから、静かな場所にしてやりたいんだ。
ああ、でも、どっちかでいい。どっちか一本、開けてくれれば、私たちには充分だ。
ピーちゃん、ピューちゃん、目で合図を送り合います。
そして、ピーちゃんが覚悟を決め、反対側に飛び移る。でもその時ちょうど、ピューちゃんも飛び移ってしまった。
するとまた、同じ状態になってしまいました。
お互い勇気を振り絞ったのに。
そのやりとりが、何度か続きました。
二人の息がぴったりだからこそ、起こる現象でした。
何回も何回も飛び移る。
次第に疲れ始めます。
もう、大鳥たちが近づいてくる。
複数の鳴き声が聞こえてきます。
どうにかしないと。
ほんの少し多く焦ったのはピーちゃんです。
ピーちゃんは、そのヘタヘタな翼で移ろうとしました。
そして、道路の真ん中まで下降した時。
ガツン。
車にぶつかってしまいました。
ピューちゃんはあわててあわてて、飛び降りました。
ピューちゃんは鳴いていました。
せっかく友だちになれたのに、もっと自分の方が、側に飛んでいってやれたらよかったのに。
皮肉にも、今こうしてやっと、側にいられるのです。
このままでは車にまたやられてしまう。ピューちゃんは、ピーちゃんを端まで運びます。
上を見ると既に、大鳥の家族たちが到着していました。
お母さん、お父さん、お兄さん、まだ小さい赤ん坊。
今にも眠りそうにな赤ん坊を、家族みんなが見つめています。
ピューちゃんも、ピーちゃんを同じように見つめました。
ピューちゃんは、ピーちゃんをつつきます。こんなに柔らかかったんだと思いました。遠くから見ていた頃は茶色だけだったので、そこまで分かりませんでした。
でも、頭の方は硬かったです。脳みそを守るだけあります。
足もしっかりしていました。爪が一本、欠けていたけれど。
ピューちゃんは、声をかけ続けました。また鳴いて欲しいと思った。でも本当は、ピーちゃんがどんな鳴き声だったか思い出せないからでした。
自分の鳴き声は、ピュー、ピューです。でも、ピーちゃんはピーだったかな。本当に、ピーだったかな。
そのまま、喉が枯れるまで鳴きました。
朝になりました。
そのまま側で寝ていました。
鳴きすぎたからか、いくらか羽が飛び散っています。
すると、ゴミ袋を持った人間がこちらに向かってきます。
ピューちゃんは電線に避難しました。
ピーちゃんは回収されました。
透明な袋に入れられ、一体どこに運ばれるのでしょう。
ピューちゃんは今、最初にピーちゃんがとまった電線の上にいます。
風が吹きました。
揺れます。
それと一緒に、遠くの山から鳴き声が聞こえました。
ピーッとです。
でも、ピーちゃんのものではないでしょう。
でも、確かにピーッと。
もしかしたら、ピーちゃんの仲間かもしれない。
でも、今更そんな、私があの事故を説明したって、何にも伝わらない。
元から無関係だったし。
向かいには、大鳥の家族がいます。
楽しそうに、今日の食事の話をしています。
ピューちゃんは、弟のことを思い出しました。
そうだ。帰らなくっちゃ。
そうしてそのまま、飛び出しました。
ピューッと飛んで、ピーッと鳴いて。
そこに車が、ブーッと鳴りました。