1ルーム

色々な1ルームを作って、シリーズ投稿しています。

【短話】机の下のネコ

ある時玄関に入ってきた。
扉を開けていたからかもしれない。
部屋が蒸し暑くて、窓だけじゃかなわなかった。
ニャーっと、鳴き声が蝉に紛れて。

玄関を過ぎれば一室しかない。
そいつは机の下に入り、ちょっと寝る。
時間が経てば、窓から出ていく。
外の石垣に飛び移り、きっと仲間のところへ行く。

一週間に一回、それはやってくる。
エサをあげることにする。
お金はないから、安いもの。
器はよく使っていたものにした。

よく食べてくれた。
ムシャムシャ。
喉を鳴らす。

そんなある日のことだった。
台風がやってきた。
雨が家を覆ってしまう。
なんとかその日は過ぎた。

翌朝、出かける時にドアを開けた。
引っかかったような感触があった。
グイッと押す。
バタッと開いた。

何かが逃げた気がした。
鳥は遠くの方に飛んでいる。
天井に蜘蛛の巣が張ってある。
あのネコか、と思った。

それからは毎日、来るようになった。
決まった時間にやってくる。
こちらはエサを用意する。
しかし、一向に減らなかった。

心配した。
姿に変化はない。
動きも健康そうだ。
目も光っている。

その日、扉を開け忘れていた。
徹夜して、午前中寝てしまっていた。
ベットから机の下を見る。
すると、そのネコがいた。

どこから入ってきたのか。
窓も扉も開いていない。
でもそこにネコがいた。
机の下で寝ているネコ。

次の日、試しに扉を閉めたままにした。
午前中のあの時刻に待ち伏せをして。
入りたそうにしていたら入れたらいい。
すると、あのネコはやっぱりやってきた。

ドアのポストから覗くと、いつの間にかいない。
ニャーと、鳴き声が聞こえた。
後ろを振り返る。
机の下にいた。

このネコは、もうこの世のものではなかった。
でも何の因果か、自分の部屋に通い続けている。
別にこっちは苦じゃないし、一人じゃないから寂しくない。
でも、やはり何か、未練があってのことだろうか。

そんな日々が半年も続いた。
ネコの姿は変わらない。
せっかくだから、ブログをつけることにした。
もちろん、生きているネコとして書いた。

ネットでは結構な人気を博した。
毎日書く材料があるので、内容には困らない。
同時に、これほどネコ好きな人が多いのだと驚かされた。
ただ、僕は好きでも嫌いでもないことは言い添えておく。

   *

この投稿が、最後の記事になると思って書いている。
いつも読んでくださっている読者の方は、がっかりしたかもしれない。
僕は、生きているネコを書いていません。もうここにはいないネコを書いていました。

記者会見で謝罪する私。
涙する記者。
私は泣きがなら答える。
「そしてもう、ここにもいません。」

日記がよく読まれるようになってから、ネコの姿が薄くなっていきました。
読まれれば読まれるほど、その姿はなくなっていきました。
でも僕は、たくさんの人に読まれるのが嬉しいから、ついついここまで書いてきました。
そして昨日、そのブログの書籍化が決まりました。

だから今日、私の足元にネコはいません。
だから、餌のないお皿も必要ありません。
だから、これから書くこともありません。
だから、この投稿で終了してしまいます。

終わりにしたくありません。
ずっと書き続けていたいです。
でも、終わりになってしまった。
もう、鳴き声も聞こえないのです。