1ルーム

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【長編】冒険の神話(16)最終話

その火山は静かに活動していた。またいつ激しくなるかわからないが、それもしばらくなさそうだった。

麓は落ち着いていた。静かすぎるくらいだった。動物の気配など一欠片もない。ただ、穴がボコボコと開いている。火山の地下で漏れたガスが、周りで抜けてできた穴である。

色々な形。丸いものもあれば、四角いものあり、時には人間のような形もある。不気味だった。誰もいないはずなのに、誰かにずっとみられている気がしてた。二人は二、三歩進むごとに、後ろを振り返った。

日はもう午後をしばらく過ぎて、だんだん暗くなってくる。あてどなく探す二人は、その影とやらがどんな人物かを想像しあっていた。

細い方は、こう考える。やっぱり、僕たちみたいな輪っかをつけてるんじゃないかな。あのクマも私たち似ているって言ったし。

太い方は、いやぁでも、そのクマは人間って言ってたよ。僕はたちはほら、人間ではないじゃん。

まあ確かに。でも、じゃあどこが似てるんだろうなぁ。

そういえば、肌の色って言ってたよね。

肌の色かぁ。まあこの森の中じゃ、目に付く色だろうさ。今にでも話しているうちに見つかる。

二人はさらに2時間歩き続けた。細い方は、黄色がどんな気持ちなのかを語る。

ねぇ、黄色って、楽しい気持ちなのかな。赤色はさ、なんか、燃えてくるって気持ちじゃん。青色は一人寂しいっていうか、悲しくなる。それ以外の気持ちが、黄色ってことになるよね。

まあねぇ。僕は黄色の気持ちになったことないし。落ち着くって感じなのかな、もしかしたら。赤色みたいに生きてる!とか、青色みたいに死にたい!とかじゃなくってさ。

そんな二人の前の前に、大きな洞窟が現れた。覗かないと見えない、地上が入り口で、斜めに空いた穴だった。最初はこれも、ガスでできた穴の一部かと思ったが、どうも誰かが手彫りで掘ったらしい。自然現象にしては、形が整っている穴だった。

二人は恐る恐る、その中に入っていく。入った途端、暗さが急に増すのを感じる。外の空気を吸って、それはまた外に吐かれる。この穴の奥には、そんな口がある気がした。輪っかの光も暗くて見えなくなってしまい、二人は気持ちの方角を感じ取れなくなった。

ポタ、ポタ。滴が落ちる音がする。ここはとても乾燥しているのに、水溜まり一つないのに。ピチャ、ピチャ。誰かが歩いたか。姿は見えない。

ピチ、ピチ。近づいてくる。気配はない。音だけだ。音だけが、少しずつ大きくなってくる。

ピピピピピピピピ。急に近く、遠く。

消えた。音が消えた。もう目の前に来たと言うのに、音の遠近感が混乱していた。

ブー、ブー。前か、いや後ろか。

ジージー。右か、左か。

グー、グッ。いや、そういうことじゃない。

っっっっ。位置関係じゃないんだ。ここにはいないんだ。この世界にはいない。

ーーーー。じゃあでもどうやって射る。

・・・・。影になっているのだろう。影なんだ。それは、この洞窟そのものだ。ここが、こいつが、影の全部なんだ。

音が止んだ。静かな息が吹き返される。二人は、その洞窟から出た。

 

二人はしばらく、散歩した。何事も言わず、お互いに顔を見たりもしなかった。

そしてそのまま、来た道を引き返さず、火山を登るルートに進んでいった。

揺れる。地面が少し、揺れた。火山活動が、始まりつつあった。

日はすっかり暮れていた。普段なら真っ暗な火山の脇に、二つの光が見えた。黄色の光。輝く光。二人は、あの影に接触したのである。

しかし、彼らが抱いた黄色の気持ちとは、一体何だったのか。彼らの顔は、神妙とまでは言わないまでも、あまり楽しそうではなかった。彼らは、これから起こる事柄について、覚悟をしようとしていた。

麓は草木だらけだったのが、この火山の側面は、ほとんど瓦礫だらけである。苔一つ生えていない。地面の温度はぬるかった。

そうして二人は、火山の頂上に着く。月はなかった。雲に隠れていたわけではない。彼らには、月が見えないようになっていた。月の代わりに、彼らは黄色い気持ちを手に入れたのだ。

お互い、対称的になるような位置に移動する。火口を挟む。各々、弓矢を構える。そして。

矢を放つ。タイミングは同時。勝敗を分けたのは、覚悟を持った心だった。

崩れた。太い方だ。足がガクッと折れ、頭から倒れていく。そのまま、火口の方に落ちていく。

太い方の矢も鋭く、確かに覚悟に満ちていた。しかし幾分か、細い方の勇気が勝ったのである。その違いはおそらく、記憶していることの違いにあった。

細い方は、自分がこの仕事につく前の記憶を持っていなかった。自分が何者なのか知らなかった。

対して太い方は、前の記憶が残っており、自分が何者なのかを知っていたのである。

落ちていく彼の背中が見えた。大きな傷が、血のように赤いヒビに湧き出していた。

細い方の足元には、彼の弓が。その弓は、届かなかった。力不足だったのではない。彼は最後の最後で、風に誘われたのである。風が、彼の矢にだけ、影響を及ぼした。

要するに太い方は、彼自身の記憶をその弓矢を引く力の源泉とし、それだから、これまでの自分を導いてくれた風が帰って仇となってしまった。

細い者は、その弓矢を引っこ抜き、火口付近に立てた。矢先が上になるよう、埋めてやった。彼はその場で手をあわせる。言葉は必要ない。ただ、目を閉じて、両手を合わせる。

 

地面が揺れた。火山活動が始まった。ビキビキビキと、地面が割れ始めた。ゴゴゴゴゴと、空間が揺れ始めた。

ここから自分は避難しなくてはならない。飛び上がらなくてはいけない。しかし、飛ぶ羽根がない。枯れてしまっている。茶色になって、その幅の広さもなくなり、付け根のところまで収縮してしまっていた。

このままでは噴火に巻き込まれてしまう。どうするべきか。自分が、今得たものはなんだったのか。

戦った。しかし、勝ち負けではなかった。お互い、黄色気持ちを手に入れた時点で、勝っていたのである。

勝っていた者同士が、戦った。その弓矢で、試した。それが、武器になるかを試したのである。

勝ったとしても、武器がなくてはいけない。武器があったとしても、武器を使えなくてはいけない。そうして初めて、自分は黄色気持ちを抱えていけるのである。

武器だ。自分は、黄色の気持ちをようやく自分のものにしたのである。この気持ちは、悲しくも、嬉しくもない。ただ、突き進む興奮、というものである。

火口のマグマが光る。黄色いマグマ。ドロドロに溶かしてくれそうなマグマ。もしそこに飛び込んだら、彼は溶けてしまうか。いや、彼は今や、希望になったのである。この世界のどんなことも、彼を味方にしてくれるはずなのである。

彼は飛び降りた。火口から消えた。しばらく経った。音と共に、火山が膨れ上がった。一度火口の方で盛り上がったと思ったら、すぐその中心が黄色に光り、天上の方へ噴射した。

そこに乗っていたのは、彼だった。彼はそのマグマの先頭に立っていた。重力などもろともせず、上を見つめ、二本の矢を束ね、構えていた。

そのまま、彼は雲の上に持ち上がった。雲の上の世界は、相変わらず平凡な陽光で満ちていた。

彼がすることは決まっていた。虹の奥の光を、この矢で射止める。そうすることが、あの光に、この気持ちを伝える手段だった。

一部のものからは、テロだと思われても仕方のないことだろう。逆襲であると思われても仕方のないことだろう。しかし、そう思われてもいい。自分がこれからすることは、一つの流れに沿った、一つの行動なのだから。

虹の奥に、ゆらゆら揺蕩う光を見つけた。

彼は弓をめいいっぱい引き、手を離した。弓はこれまでに聞いたことのない、美しい音を立てながら、空気を切り裂いていく。切り裂かれた空気は、色々な色を生み出した。それらの色は、青、赤、黄の三つを混ぜて、生み出されていく色ばかりだった。

矢が、光の方へ飛んでいく。

眩しく、キラッと光る。

当たったか、どうか。

じっと、澄まして。

そして彼は笑う。

音は立てない。

でも豊かに。

彼は丸く。

捻れる。

一つ。

名。

泣。

無。

 

(終)