1ルーム

色々な1ルームを作って、シリーズ投稿しています。

【短話】レジ袋

歩道を歩いていた。 
信号待ち。
向かいで手を繋いだ親子。
信号待ち。

横断歩道。
子どもが手をあげる。
母親がそれを褒める。
後ろを通り過ぎる。

その時だ。
顔に何か当たった。
息ができなくなった。
バサっと、覆い被さった。

慌てて外す。
視界の光度が増した。
それはレジ袋。
渡る前、歩道に面したコンビニの。

中を覗く。
何も入っていない。
当たり前か。
飛んできたのだから。

中の匂いを嗅ぐ。
ビニールの匂い。
ほんのわずかな唐揚げの香り。
なるほど。

一通り調べ終わる。
ポイ捨てはできない。
家に帰るまで捨てられない。
仕方なく、持ち歩くことにする。

バサバサと、袋が揺れる。
無軌道にあっちこっちへ飛ぶ。
まるで今にも逃げたい生き物のようだ。
それを抑えるため、ぎゅっと握る。

空のレジ袋を下げている。
気持ちはどこにも落ち着かない。
何も入っていないし、軽いし。
でも、ぶら下げてはいる。

重力ってこんな感じなんだろうか。
生まれた時から慣れきってしまった身体。
身体が受ける重力の加減。
それを今、レジ袋で感じている。

また、親子が向かってきた。
手を繋いだ親子。
子どもはおしゃべり。
母親が応えている。

通り過ぎる。
子どもの声が聞こえた。
「どうしてレジ袋持ってるのかな。」
「それはね、一枚五円で買ったからよ。」

一枚五円。
そうか、僕は窃盗じゃないか。
レジ袋はどこにでもある袋ではない。
誰かが必要だと思い、買った袋である。

このレジ袋は捨てられたわけじゃない。
風に飛ばされてしまった。

でも、追いかけるほどじゃなかった。
五円だからか。

いや、五円が落ちれば誰でも探すだろう。
だから追いかけたはず。

しかしその人は諦めた。
お金以上の理由があった。

それは、無軌道だったからだ。
風に飛ぶ袋は、誰も扱えない。

そんな偶然が、僕にやってきた。
顔を覆うようにしてやってきた。

僕はこの袋を何に使うべきだろう。

物を入れるのに使うべきか。
それはありきたりだ。

物を隠すのに使うべきか。
隠す人などいない。

じゃあ、今手元にあるこの袋とは何か。

それはぶら下がっている。
右手から垂れている。
歩く方向と一致しないで揺れている。

カラスが飛んできた。
そこだ。
カラスの鳴き声が止む。

 *

袋にはカラスが入った。
ガサガサしていたのも落ち着いた。

内側から突いても破れない。
誰かが買った五円だから、破れない。

さて、こいつをどうしようか。
カラスは諦めたのか、じっとしている。

不思議と重くない。
軽くなった気もする。

そろそろ家に着きかけていた。
あの角を曲がれば、見えてくる。

電柱があった。
そばには、「カラスいけいけ」の文字。

立ち止まった。
少し考え、レジ袋をみた。

持ち手をぎゅっと縛る。
そこから出られないように縛る。
そのまま、電柱に放置しようとした。

胃が締め付けられる。
離れようとするほど、そうなる。
やっぱり諦め、回収しにいく。

 *

家を一旦通り過ぎ、近くの公園で休む。
危ないことをしそうになった。
動悸が収まらない。

夕方。
木々の向こうでカラスが鳴いた。

かわいそうになった。
きっと、母親が探しているだろう。

袋を開けた。
その子は怯えきっていた。

すまないことをした。
そんな目で見つめるしかなかった。

近づいてくる鳴き声。
きっと母親だ。

そこから離れる。
母親が降りてくる。

子どもを嘴で突いている。
きっと注意しているのだろう。
「あれだけ、袋に入るなと言ったのに。」
「でも、母さん、やっぱり入りたくて。」

親子は無事に飛び去っていった。

家に戻り、レジ袋を机の上に広げた。
そうして、しばらく見つめていた。

シワシワになった袋。
全体の模様が、動いた気がした。

被った。
頭にすっぽり収まった。
呼吸が苦しくなる。
色々な匂いが混じってくる。

持ち手を結ぶ。
ぎゅっと強く。
首が締まる。
汗が吹き出る。
ベットに寝転ぶ。
袋ごしに、月明かりが透けている。
ようやく僕は、眠れた。