【短話】月の誕生日
ホームセンターに寄った。
植物のコーナー。
独特の匂いに惹かれた。
一際、目立った植物。
一種類、一つだけのそれ。
吊るされているような生え姿。
*
千三百円で購入した。
見た目の割には重い。
ビニール袋が揺れる。
玄関先に置くか。
テーブルに置くか。
トイレの棚に置くか。
結局、ベランダにする。
*
水は毎日あげた。
晴れの日。
曇りの日。
雨の日も。
風が強い日。
窓を開け、様子を確かめる。
折れることはない。
風当たりにも強そうだ。
それにしても、水が欲しそうだった。
こんな天気にどうしてか。
しぶしぶ注いでやる。
ぷるっと震えて喜んだ。
ガタッと窓の音がした。
*
夜遅く、真夜中家で仕事。
パソコンをカタカタ打つ音。
頭をチクチク突いていく。
カチカチと、音がした。
窓の方から、さりげなく。
そこには大きな影が、何本もの手が。
ギョッとした。
月が側まで来ていた。
窓ガラスにヒビを入れ。
脆く今にも崩れかけ。
光源はあの植物だった。
のっそり背が高く、見上げるほど大きく。
てっぺんは月。
その植物は、月が降ろしたものだった。
*
手のひらサイズの葉っぱ。
もぎ取る。
噛んでみる。
液体が滲む。
苦味。
甘味。
薄味。
鼻の奥から臭った。
さっき食べた夕食。
胃液の分泌物。
くしゃみをする。
植物にかかる。
捩れていく。
葉っぱを身体にまとわりつけていき。
そのまま、月に刺さった。
一本の長い長い爪楊枝。
一口サイズの月。
月なんて大したことない。
ハサミで根本をちょんぎった。
ぐらっとベランダから落ちそう。
慌てて掴む。
月が揺れ、この町全体の明暗が移る。
ぐっと、爪楊枝を押し込む。
ぎゅっと、月に差し込む。
一番深いクレーターを狙った。
中にサクッと入っていく。
爪楊枝が縮んでいく。
みるみる手元に収まる。
片手で持てるようになって。
刺さっている、一つの月。
月の食感はスナックだった。
ほんのりコーンポタージュ味。
細かい砂糖が舌に広がる。
なかなかいけた。
空は真っ暗になる。
真っ暗というか、何も見えなかった。
明かりがなくなったから。
見上げても見上げられなくなった。
*
世間は、月がなくなったことで大騒ぎ。
賢そうな人がその理由をあれこれと。
町の人がその気持ちをあれこれと。
なんだかみんな楽しそうだった。
夜、ベランダに出る。
頬杖をつき、鉢を眺める。
そこには根本しかない。
寂しい。
みんな、月明かりより、テレビの明かり。
僕の目に映るのは、そんな家の明かり。
涙がほろっと、鉢に落ちた。
根本から音がした。
流れている。
溢れている。
土の混じった、白い液体が。
土が盛り上がり、凹む。
土が呼吸をする。
心臓の音が聞こえる。
宿った、宿った宿った。
芽生える。
断面から、光の肌がぷくっとする。
かわいいかわいいお月様。
この日、我が家から月が生まれた。