1ルーム

色々な1ルームを作って、シリーズ投稿しています。

【短話】コーヒー普通のやつ

誰だか知らない音楽が流れる。 
どこだかわからない景色を走る。

友だちと一緒に複数人。
高速道路を走っていた。

交わす言葉もない。
音楽と走る音だけが聞こえる。

時々珍しいものが見えると、誰かが言う。
みんな、ほぉーっと応える。

各々、もちろん面識はある。
しかし、これといって話題がない。

それでも、出かけようと話が上がった。
ちょうど誰もが暇だったからそうなる。

誰かが、トイレに行きたいと言った。

サービスエリアに入る。

 *

そこは一杯だった。
停めれそうにない。
やべぇやべぇ。
友人が冗談まじりに。
他の人が少し笑い。

結局、その人だけ下ろした。
その間、空くのを見つける巡回。

やべ、俺もトイレ行きたいかも。
え、俺も。

ごめん。俺らも下ろしてくれる?

運転手に声をかけた。

運転手はほんの少し、表情を浮かべた。
同じ場所で下ろす。
残ったのは僕と彼。
僕としては、一番話しやすいやつだ。

ねぇ、仕事大変?
ハンドルに話しかける。

まあ、ね。ぼちぼちだよ。
サイドミラー越しに見る。

人が目の前を通る。
どきりとする。
ぶつかるスピードでもないのに。

空きが見つからず、三周ぐらいしただろうか。
ようやく一人がトイレから出てきた。
自動販売機にいる。

あ、何か飲み物いる?
横顔に話しかける。

あー。じゃあ、コーヒーで。
甘くないやつ?微糖?

下りた。
普通のやつ、と言われた。
自動販売機に向かう。
普通のやつ、普通のやつ。

お金を入れ、ボタンが光る。
指をぐるぐるさせ、迷う。
あれ、アイツ何て言ってたっけ。

 *

ぶつかる音がした。
車と車だ。

人だかりができている。
ボタンを押して、様子を見に行く。

トイレ一人目の友人がいた。
ゾッとした顔をしている。
みると、僕たちの車だった。

色々な思いが駆け巡った。
ドライブは中止。
責任は運転手。
同乗しなくて安心したこと。
安心してしまう罪悪感。

そして、最後に思い立つ、運転手の心配。
人の心配は、自分の心配より後になるという仕方なさ。

けれど、足は動かない。
様子をみようとした。
薄情なやつだ、僕。

すると、トイレ二人目三人目が、既に車のドアを開けていた。
グタッとしている運転手を引き出す。
周りがザワっとする。

二人目が、誰か電話をお願いしますと呼びかけていた。
僕はというと、目を合わせないよう必死。
隣の一人目は、またトイレに行く始末。

運転手が側のベンチに置かれる。
血は出てないようだが、目を閉じている。
胸は動いていたから、息はしている。
相変わらず、無表情なやつだった。

一人目は声をかけ続け、二人目は協力者と話をしていた。
僕を探そうとはしなかった。
やっぱり、ほっとした。

すっかり安心しきったのか、僕は自動販売機に向かった。
二人分のジュースを買ってやろうと思った。
僕にできることはこれくらい。
そう、これくらい。
な、はず。
なんだ。

お金を入れる。ボタンが光る。
指がぐるぐる定まらない。迷う。

あの二人は何が好きなんだろう。
オレンジか、グレープか。それとも炭酸か。
いや、ここはコーヒーだろう。
そうだそうだ、コーヒーだ。
でも、甘いのか、そうじゃないのか、どっちだろう。

そうだ、普通のやつだ、普通のやつ。
運転手の彼がそう言っていた。
じゃあ、二人も普通のやつだろう。
ボタンを押す。

缶を取り出すところに、背後から救急車の音が聞こえた。
振り返ると、人だかりも収まり、その二人と、一部協力してくれた人だけになっていた。

人目につくと思った。
彼らに見られてはいけないと思った。
木の後ろ、ベンチに座る。

一息つくため、コーヒーを飲んだ。
あ、運転手の分だ。
まあいいか。

サイレンの音がすぐ近くで止まった。
担架を出す音、救急隊員の声が聞こえる。

ゴニョゴニョして、何を言っているか聞こえなかった。
彼らの声だけじゃない。
サービスエリアの渋滞情報。
周りの人の話し声。
トイレの流れる音。
自分の周囲の音が、全て、一塊のグシャグシャになろうとしていた。

もう引き返せない。そう思った。

乗る車がない。
二人は二人でなんとかするだろう。
でも僕は、こういう時どうしたら。
足元をみる。
ぼやっと、捻れる。

 *

トイレからあいつが出てきた。
なんだか急に馴れ馴しい顔。
何か話しかけてきたが、ちゃんと聞こえない。
何かを答えた気がする。
彼は曇った顔をした。
そして、隣のベンチに座ってきた。
僕は少し間を空けズレた。
誰も近寄ってほしくない。

僕はそのまま、ベンチで眠った。
考え込むような姿勢で、首を垂れて。

このまま石像になれたらいいのに。
そう思った気がする。

 *

ブルっと震えた。
夜になっている。
二人の姿は見えない。
人だかりも減った。
点いているのは、トイレの明かりと、自動販売機。
響いている、虫の鳴き。
そうか。

空の方を見上げる。
星が満開なんだろう。
木の茂みで見えないけれど。

側には二本のコーヒー。普通のやつ。
一本を開ける。グビっと飲む。息をつく。
トイレの音。彼が出てくる。
隣に座る。

僕は、彼の肩を見た。
そして、そのもう一本を差し出した。