1ルーム

色々な1ルームを作って、シリーズ投稿しています。

【短話】窓

秋田県から八王子まで、一体どれくらいかかっただろうか。
途中、山が見えた。
山の子どもたちが何度も通り過ぎて。

東京はビルばっかりだった。
工業地帯で、疲れたサラリーマンが通う街。
誰も働きたくて生きていないように見える。
それを私は、家の窓から眺める。

東京は小学校ばっかりでもあった。門の前を通り過ぎると、いつも先生が誰かに怒っている。
門から出てくる子どもたちは首を垂れて、出てくる。
それも窓から眺められた。

ある子どもたちは、塾に行く。
私はそこで働いている。
教室は横長の広いスペースで、縦に狭い。
だから、声の広げ方が難しかったりする。
児童たちの注目を集めるのが難しい。慣れるまで時間がかかった。

塾に勤め始めてから、私は頑張ってきた。何を頑張ってきたか一概には言えないけれど、自分の目標みたいなものは育ててきた。その日その日で、経験を糧にしてきた。

それでもうまくいかないことはある。
同職員の男性が、私を揶揄うのである。
そいつとは仕事先の最寄駅で会うのだけれど、それが面倒臭い。
その駅では独特の音楽が鳴るのだが、ああ、今日も、改札付近であいつに会うのか。そう思った。
もちろん、毎回会うわけではない。四回に一回の確率である。
けれど、それは毎日四十パーセントということなのである。
乗っている車両は女子専用車両だから、それまでは安心なのが救いである。
ただ、その車両でも質のようなものがある。香水がキツかったり、ガミガミした人が多かったり。反対に、すごく涼しい雰囲気の時もあったりする。
私の性格は、どっちかというとガミガミタイプなので、他の人の気分を害しているかもしれない。

みな、東京の郊外から来ている人なのだと思う。
東京に来る前は、ほとんどの人が都心に住んでいるものかと思っていた。
でも、都心に住むためだけに、家を借りている人なんていなかった。

今日は仕事を休もうかしら。毎日思う。
一時間も通うのだから、しんどい。私はスマホを見ないから、景色を見る。
家から景色は、自然いっぱいだからいいものの、だんだんとビルに入っていくにつれ、ああ、今日無理だって思う。
道ゆく人を見ると、やたらと男女の組み合わせに目がいく。
あれは彼氏かな、いや、ただの同僚かな。いつも勘繰る自分がいる。

ある時、ネカフェの階段から、一組の男女が降りてきた。
やけにお互いブスブスしているというか、喧嘩した後のようだった。
いつもだったら、そういう人たちに対してザマァと思ったりするのだけれど、今度は心配したものだった。何か、同じ一室でよくないことがあったのだろうか。せっかく彼らは二人きりになれたのに、良くないことでも起きたのか。
それかもしかしたら、ネカフェ以外に場所がなくて、着いた果てのネカフェにも、そういう場所がなかったから。きっとそういうことなんだろう。
それにしても、じゃあどっちかの家とかでいいんじゃないか。それかもしかして、どっちかがキリスト教を信仰していて、聖書がある部屋では、そういう行為はできない。それで偶然、入った部屋の足元に、聖書が置いてあった。だからつい、本番になろうとした時、どっちかが、相手の左頬をぶってしまった。
それは、きっと真心のある行為だった。打たれた相手も、それはわかっていたが、やっぱり、急に拒否されたことは大丈夫じゃない。
あの二人は、親戚にも挨拶に言ったんだろうか。まず両親か。

そのネットカフェは、六時から十二時までが安い。ただ、その時間帯に行くと、電気が薄暗い。
夜はかなり高い。電気が明るいし、バーみたいなものが開いていている。ちょっと異様な空間。天井が星空のように輝いていて、机も椅子も、キラキラしてい流。
その場所は、私にとって唯一思い出深いところだった。
一時、毎週日曜のペースで通っていたこともある。

会社をサボりたい。サボって、一駅のところに移動して、改札を降りてカーブを曲がり、川を眺めて。
そこから、ギリギリ見えるうちの会社の建物を、目をすぼめながら眺めて、なんで、みんなあそこで働いているんだろう、わからない、と呟きたい。
川を眺める。私には帰る場所はない。私には行くところしかない。
地元もない。友達もいない。
だから、引っ越しも一人でやった。
段ボールがまだ積んである。上が埃で白くなってきている。
今会社にいる、その窓から見えるあの橋。そこには、浪人生がいた。
大学生だろうか。社会人だろうか。その中間だろう。
この時間に、ああやってぼーっとできること自体、すごいと思う。
彼は、みんなが押し込まれている壁に対して、全く不安を感じていない。
どこでも行ける。彼なら、どんな人混みの中も突っ切ることができる。
今も残業している私は、報告書の裏にそうやって書いてしまう。壁の裏の話。壁の外の話。
それが書けるのは、窓をよく見るから。窓が、私を唯一、安心させてくれる。そういえば、あのネカフェには窓がなかったな。