【短話】檻
冷蔵庫を開ける。
大量の卵。
オムライスを作ろうと思った。
1日目。
ケチャップを入れすぎる。
2日目。
卵が柔らかすぎる。
3日目。
ケチャップライスがぬめっとする。
4日目。
同じ味に飽きてきた。
5日目。
ふわとろにしようと思う。
6日目。
ふわとろに失敗。
7日目。
きのこを炒めたものをのせる。ふわとろにしない。
8日目。
ふわとろに再度挑戦。やっぱり最後に崩れた。
9日目。
卵が残り僅か。
10日目。
お腹を壊した。
11日目。
卵を使い切った。
12日目。
仕方なくケチャップライスだけ作る。
13日目。
ケチャップもなくなった。
14日目。
ご飯を炒める。
*
大量の卵が欲しくなる。
オムライス以外食べたくない。
料理屋のオムライスじゃ高級すぎる。
もっと、品のないオムライスでいい。
ああ、そうだ。今度はソースを工夫しようじゃないか。
ケチャップかけるんじゃなく、デミグラスをかけようじゃないか。
スーパーにいった。
しかし、卵は高い。
十二個で一個が安いのを選んでも、やはり高い。
それでも、三セットカゴに入れる。
カゴが重くなる。
一ヶ月分の食料。
家に帰る。
袋から取り出す。
手が、黄色くとろっとしている。
卵が割れていた。
一つだけ割れていた。
他は大丈夫。
急いで冷蔵庫に入れた。
朝、冷蔵庫を開ける。
やっぱり、卵が大量にある。
1日目。
オムライスを作る。
2日目。
ふわトロに挑戦、半分くらい上手くいく。
3日目。
ふわトロ完成。
4日目。
ふわトロ再度。
5日目。
ふわトロが嫌になる。
6日目。
ふわトロをもっとトロトロにしたい。
7日目。
トロトロに溶かした。
8日目。
卵がもうなくなりそう。
9日目。
手のひらが黄色くなってきた。
10日目。
朝、鶏の声が聞こえるようになった。
11日目。
髪の毛が逆立ってきた。
12日目。
頬が垂れてくる。
13日目。
喉が細くなる。
14日目。
ベットが羽毛だらけになった。
*
とにかく、体を洗うのが大変だった。
地肌までシャワーが届かない。
髪の毛を乾かすのに時間もかかる。
お風呂にも入らなくなっていった。
食生活も変化した。
今度は米ばかりを食べるようになった。
それを続けていくうちに、炊かなくともよいと思うようになった。
体つきも変化する。
腰が突き出てくる。
寝る時は、横向きじゃないと難しい。
動くたび、顎が前に進んだり引いたりするようになる。首が痛い。
人の視線もよく感じる。
子どもから指を刺され、お母さんがやめなさいと言う。
散歩していた。
朝明ける前の時間。
きっと自分には仕事が待ち構えている。それで外に出てきた。
スーパーの前を通りかかる。
卵の箱が、店の前に並べられていた。
*
もう、その時のことは覚えていない。
箱を見た瞬間、頭が真っ白になった。
気づけば、ぐちゃぐちゃの箱があった。
中からは、黄色い液体が漏れている。
目の前には、怯える店員がいた。
コケコッコー。
朝が来た。
遠くの方で、その声は聞こえた。
自分の子どもは卵の中にいなかった。
まだ液体だった。
個体を探していた。
私は、早まってしまったのである。
コケコッコー。
人が来た。
電話をしている。
警察を呼んだのだろう。
逃げようかと思った。
でも、捕まる方がよかった。
私は、檻に入る動物なのだ。
*
監獄生活は騒々しかった。
毎朝、エサをねだる奴ら。
まだ朝になっていないというのに鳴き出す。
それが、三十人ずつの部屋で同居させられるのである。
床はすっかり羽毛だらけ。まあおかげで、寝心地はいい。
毎朝の習慣は、外に出て鳴くということ。
鳴きながら、自分の罪を反省すること。
私の罪は、子どもを殺してしまったこと。
それも、ただ殺したんじゃない。
生まれる前に、殺してしまったのである。
何人も何人も。
同居する奴らに罪状を聞いてみたが、私ほどひどい奴はいなかった。
みな、私のことを聞いた後、トサカをブルっと震わせた。
そのことが、私自身の私への罪を重くさせる。
どうしてあの時、卵を割ってしまったのか。
考えながら、鳴いている。
気づけば、周りには誰もいない。
朝食の時間だった。
急いで檻に戻る。
食事は檻の前に置かれる。
それはコーンフレークのようなもので、前に食べていた飯と大して変わらない。
ただ前より口が小さくなった。
一度に多くを食べられない。
おかげで、腹がいっぱいになりやすくなった。
その後の作業は、だいたい草掃除である。
檻の周りに生えた草を啄み、綺麗にしていく。
大して工夫も必要ない。しかし、退屈な仕事ではあった。
一方、熱心に仕事をしている奴もいる。
首を上下左右に振っては、草が周りに散らばっていく。
一生懸命にしようとするほど、そういう動きになってしまう。側からみると滑稽だ。
かといって私も、同じように動く頭を持っている。
それに、首のあたりがひどく痛い。
首の骨だろうか。
頭蓋骨が乗っているところが軋んでいる。
寝違えたせいかもしれない。
その痛みはずっと続いた。
寝ている時も、起きている時も。
頭痛もしてきた。
自分で考える言葉が、釘のように刺さる。
何も考えたくなくなった。
ただ、朝鳴くために生きていた。
夜も寝たかわからない。
朝起きることだけは覚えていた。
気づけば、朝日を見ている。
黒い縦線から、光のようなものがみえる。
それは丸く、楕円のような形をしていた。
コケコッコー。
鳴いた。
コケコッコー。
鳴いた。
コケコッコー。
喉が震える。
コケコッコー。
隣のものも。
コケコッコー。
向かいの奴も。
コケコッコー。
心臓が。
コケコッコー。
頭が。
コケコッコー。
ポロッと落ちた。
足元には、卵があった。
暖かい卵があった。
ぺちっと、足で蹴る。
それは転がり、檻にぶつかる。
割れた。
黄色い液体が漏れる。
コーンフレークに混ざる。
他のものが、それをバクバク食う。
なんだ、罪だなぁと笑った。