【短話】中華料理屋
油の揚がる音がする。カウンターの前に座っている私は、両隣が男性に挟まれてしまい、少々息苦しい。しかし、これから来る料理、待ちに待ったあの料理とご対面できるとなると、それも我慢できる。
ここは昔ながらの中華料理屋さんで、玄関を入ると床がベトってしてるし、入ったら煙がムアっと顔に当たり、前髪は結んでおかなくちゃならない。
テーブルは三つで、それぞれ四つの椅子、けれど一番奥のところは椅子三つ。そして、カウンター五席、という構成。
照明は丸い形をしたのが三つほど宙吊りになっていて、ハエとアブの中間みたいなやつが休憩している。
昼の少し前に入ったので、お客さんはそれほどでもなく、きっと常連さんだろう新聞紙を広げたおじさんが、餃子一つを皿に残し、飲み干したビールジョッキが置いてある。そこに水が運ばれる時、ちょうど入店した。
SNSで調べまくった通り、全体的に茶色い壁。メニューも貼ってあるが、値段が薄れて見えない。カウンターに置いてないメニューを探そうと思ったが、今回はやめにしよう。
ここのオススメはチャーハン。なのでチャーハン。初見者は大人しくオススメに従う。
注文をしようと、厨房を見る。が、声をかけられない。こういうニッチな店に行くのが趣味なのに、こういうことができない。どうにか気づいてくれ。眼を大きく開け、まっすぐ、店長の顔を見つめる。目が乾燥する。早く、見つけて。
こちらをみたかと思い、声を出そうとする。ドアが開いた。チャーハンと言って席に着く。
あー、なんか言われてしまった。言いに行い。便乗するみたいじゃない。言えない。このまま私、何も食べれないんじゃない。
お客さん。と声がした。注文だ。気づいてくれました、ありがとう。
チャーハンと答えた。はいよっと優しい返事。ありがとう。
ものはすぐ出来上がる。さすが中華。炎が舞い上がったらもう出てきた。蓮華がいい。チャーハンの裾に入り込んでいて、丸みを崩している。ちゃんとしなくっていいんだ、ざっとでいい、こういうの。
見た目はシンプルなチャーハン。お米はもちろんパラパラしているし、卵、ネギ、肉のようなものも入っている。さて、実食実食。
一口目は少量でいく。香りを楽しむためだ。多めにすくって揺り、ならす。そうしてお口でいただく。舌で受け止める。
ほわっと香ばしい。一粒が他の粒をいくつか受け取っていて、小さい美味しさの塊を食べているみたい。いや、今食べている。
二口目からはガッツリいく。ここからはスピード。味なんか考えない。バクバクいく。
一気に平らげてしまいました。ここでようやく、味を評価する。評価なんて偉そうな。
醤油の主張が強いかもしれないが、卵が大きくって、ふんわりした食感が和らげてくれる。入っているネギがに別の風味を導入し、ピリッと後引く味を残します。総じて言えば、おいしいっす。
まあこんな感じで、後でブログに書くとして。お客さんが混んできた。昼だもんな。おあいそ。
立ち上がり、足元に置いていたバックから鞄を取り出す。ん、鞄?
財布を取り出そうと思った。頭ではそう思った。しかし、手に持っているのは鞄だ。
さっき私は、鞄の中に手を入れようとおmったのに、今は鞄の取っ手を掴んでいる。
まあ…気にせず、鞄の中を見る。財布。財布。財布…
ない。
こんなことってあるのか。絶対家に忘れてきた。覚えてるもん、玄関に置きっぱの。
最悪だ。どうしよう。初めてなのに財布忘れちゃう初見さん。印象悪いよな、また行こうと思ったのになー。
厨房も忙しそう。お客さんがどんどん入ってきてる。とりあえず、邪魔になるからね。鞄を背負い、外を出た。
はぁー。それにしてもおいしかったなぁ。家じゃできないよな、あの味。ふふッと笑って、やっぱり食だよ、元気の源は、と、ごく当たり前のことを当たり前に思う。
歩いていると眠たくなって、ぼーっとする。近くにベンチでもないか。あーあった。
鞄を抱え、うとうとする。車の通る風が心地い。前髪ももう結ばなくっていいやと思い、外さなきゃって思って。
起きると、バスが到着していた。慌てて乗って、ホッとする。
さっきのベンチ。鞄が。鞄だ。置いてきてしまった。降りるか、降りたらお金払うよな。お金払うってことはお金ないと無理だよな。じゃあ次で降りるとか言えないじゃん。あー。
今することはー。前髪を解くことです。
そうやってこねくり回す。あのかばん、よかったのになー。まあ、私には不釣り合いだったのかもしれないけど。
景色が過ぎていく。知らない景色が見えてくる。私の記憶はどこへ運ばれていくのやら。あんまり遠くに行かないで。
戻ってきたいから。覚えておきたいから。
バスの窓を開けると、後ろの席のお客さんが咳き込みをしたので慌てて閉じる。
バスはずっと走って、私もずっと乗っていた。このバスに終点はあるのだろうか。ないと止まれないか。
そう思っているうちに到着。あーここ。
降りるとそこは、さっきの中華料理屋でした。