【長編】冒険の神話(11)
夜明けが近づいてきた。山の方から太陽が照り出してくる。
僕はこの世界にやってきて、ようやく一仕事終えたばかりである。後ろをみると、まだあの町は焼けている。さっきよりも焼けている。
あの建物についた火が、他の建物にも燃え移って広がっているのだろう。赤い。赤い。僕は胸が躍る気持ちになって浮かんでいた。
太陽も赤い。僕の気持ちは赤くなる。
山の稜線を辿り、そこに川が流れていることに気づく。
川は冷たい色をしていなかった。表面上は青いのだけれど、そこで流れているものは赤かった。
不思議な自然だと思った僕は、そこの川まで降りていく。
この川は、どうやら海の方へは流れていないらしい。つまり、海から山の方へ流れている川であった。
魚が何匹か泳いでいる。どれも綺麗な鱗を持っていて、太陽の光のおかげで、光って揺れている。
僕は山の方まで辿ってみることにした。
途中、様々な動物に出会った。鹿や、熊である。向こうからはこちらが見えていないから、振り向いてはくれなかった。しかし、気配は感じ取り、耳をぴくりとさせていた。
ここには飛んでいる動物がいない。普通の森なら見えるのだが、生息するのに不適だったのだろうか。
川沿いに上がっていく途中、分かれ道が見えた。どちらも同じような流れである。右の方は熊が歩いて行き、左の方は鹿が歩いて行った。さて、僕はどちらに行くべきか。
答えは簡単だった。僕は今空を飛んでいるのだから、上空から両方の道を眺めて進めばいい。どちらも選ばなくてよい。ただ眺めながら進むだけである。
ずっと行くと、鹿の道の方に小屋が見えてきた。川沿いに建てられている。鹿はその脇のところで止まったので、どうやら飼われているものらしかった。
鹿の帰りに気づいたのか、中からおじいさんが出てきた。おじいさんは鹿の喉を撫でて、鹿も嬉しそうに鼻息を鳴らしている。
おじいさんはずっと、この小屋で一人暮らしをしているそうだ。お風呂があったし、台所もあった、洗濯物も干されている。
おじいさんの服装は、上がタンクトップで、下が半ズボン。膝が見えている。元気なおじいさん。
おじいさんはカゴを背中に背負って、そのまま鹿の背中に跨った。すると鹿は、コツコツと、小屋の方を離れていく。
人が歩くと大変な石が転がっている道を、この鹿なら難なく進むことができた。おじいさんはその背に乗りながら、木の枝にぶつからないよう避けていればよかった。
森の中をしばらく進むと、木の種類が変わり出した。小屋近くの木は、皮が重なるように巻かれていたのに対し、ここの木は、皮一枚一枚が小さな細胞を作っていて、それらの結合で成り立っている木ばかりで生えていた。
おじいさんはここで降りて、背負っているかごを地面に下ろした。そして、適当に木に手を当てては、足元を掘る作業を始めた。鹿は合図があるまでそこでじっとしているのだろう。
おじいさんは他の木にも移りながら、何度もその作業を繰り返していた。首を傾げながら、次々うつっていく。どうやら何かを探しているみたいである。
あまりにも見つからないまま、ただ時間だけが過ぎていった。おじいさんは尿意がして、少し離れて用を足した。
戻ってくる。作業に取り掛かろうとした。
すると、鹿がいないのである。
おじいさんは慌てた。このままでは帰れない。あの険しい道を歩くのでは、骨が折れるのである。おじいさんは口に手を当て、その鹿の名を呼んだ。
僕は、鹿がどこに行ったのかを知っていた。けれど僕はどうしようもできない。この弓と矢は、そういうことに使う代物ではないのである。
おじいさんにとって、今日は本当についていなかった。探し物も見つからないし、大事な鹿もいなくなってしまう。ないない尽くしである。
涙が出てきた。おじいさんも年である。涙腺が緩みやすい。そして、一人ぼっちになった。
一人になるのが、こんなに簡単に起きることなのかと、改めて感じている様子だった。時間はどんどん過ぎていくばかりで、気づくと月が出てくる時間。夕日が影の檻を作り、おじいさんを閉じ込める。
おじいさんは探すのを諦め、今夜はここで寝ることにした。ベットはないがこの地面はふかふかだし、食料は一晩ぐらい我慢しても大丈夫。ただ喉は乾くので、近くに川がないか降りるくらいだった。
おじいさんは斜面を下って行った。そして、小さな川の流れを見つける。
そこは、なんてことのない土の表面から、突然泣き出したように流れている川である。土のなかでじわじわ溜まってきたものが、地表についぞ現れた水である。
おじいさんは安心したからか、顔をガブガブ洗い、飲み水として何度も何度も流し込んだ。元気が出てきたようだ。この水は美味しかった。
持ってきた水筒に一杯入れて、引き返そうとする。すると、向こう岸に小さな影が見えた。
鹿ではない。小さい小びとの影である。小びとは、ささっと逃げようとする。
おじいさんは、小びとを初めて見たのだった。それくらいの驚きだった。汲んでいた水筒を忘れたまま、おじいさんは川岸の向こうへ走り出した。小びとが逃げた方向へ進んでいく。
小びとの後ろ姿は、可愛らしいものだった。お尻がピョンと出ており、頭はとんがりっぽくって、てっぺんがつんととしている。足もそこまで早くはなく、赤ん坊が立って歩き始めるぐらいの延長線上だった。
だから、おじいさんが追いつくのはすぐだった。そこから、逃げる小びとの後をつけ、ずっとついて行った。
その方向は、おじいさんが普段全く行かないところだった。山を知り尽くしていたはずのおじいさんは、首を傾げて不思議そうにしている。
小びとは上がったり下ったりして、ようやく目的地に着く。そこは、光のランプが吊り下げられた秘密基地だった。
おじいさんは、小びとの国に来たのである。そこでは、たくさんの小びとがいた。お店を営む小びと、立ち話をする小びと、走り回って遊ぶ小びと。
この小びとたちの家は、木の上に作られており、家と家の間は、橋のようなもので結ばれていた。橋の持ち手あたりに吊るされたランプは、小びとが歩くたびに揺れ、その振動は他の橋にも伝わっていく。そうしてその国全体が、いつも光に揺れている、不思議な残像を描き出していた。
おじいさんは、ついつい見惚れてしまったようで、隠れることを忘れていた。そこを、ある小びとが見つけてしまう。
おじいさんはあっという間に、周りを囲われてしまった。慌てたおじいさんは、ポケットの中身を全部出し、何もないことをアピールした。それでも警戒されたから、両手をあげ、ないないとアピールした。それがいけなかった。
小びとは互いに目を合わせ、何かを決めたのを合図に、おじいさんをロープで巻き付けてしまった。
そのまま締め上げられ、広場の真ん中に釣り上げられてしまった。おじいさんは助けてくれ、何もしていない、助けてくれ、と叫んだが、それをみるのは子どもの小びとだけで、ほとんどの小びとは腫れ物のような態度で無視する。
本当に今日はついていないと独り言をぼやき、そのままぶら下がっている。ロープが腕に食い込んで、手と肩に血が巡らず青くなっている。
おじいさんはこれからどうなるのか。やはりあり得るのは、丸焼きだろう。そして、小びとたちの餌になるのである。そこでは、二の腕が美味しいとされて、喧嘩が始まるだろう。あるいは、奴隷として働かされるかだ。小びとより背の高いおじいさんは、いい労働力になるだろう。
小びとの大人たちが、集会所のようなところからゾロゾロと出てきた。おじいさんの処分が決定したようである。
ひとまず、殺されずには済んだみたいだった。吊るしているのが降ろされ、ある場所へ案内された。それは、藁の敷かれた小屋だった。
小びとたちはそこで、自分たちの体格より大きい馬や牛、羊を飼っていたのである。そしてその動物の一匹として、これからおじいさんも加えられた。おじいさんは、家畜になったのだ。
飼われている家畜は全部で九頭。そこの十匹目として、おじいさんは加えらえた。
おじいさんは槍を持った小びとに脅されながら、しぶしぶ小屋に入っていった。
小屋は先ほどの家々から少し外れたところにあり、夜が冷えそうだった。
手足を縛られたロープを逃げないようにくくりつけ、小びとはその場を後にする。