【短話】ぬいぐるみ
遠くに離れた。離れ離れになった。きっとあの子は心配してる。僕もそう。心配してる。
一緒に手をつないでいたのは、ぬいぐるみ。お目目がボタンのぬいぐるみ。お腹が少し裂けていて、あとでおばあちゃんに直してもらわなきゃ。
電車に乗っていると、夜になっていた。帽子を被った大きなお兄さんの影が窓にいる。手首を吊りにいれ、もう片方でバックを持っている。
黒色が過ぎていく。岩が重なり、時に強く、時に弱く、たいていは並々とした盛り具合。
暗い海で、灯台がいくつも並んでいる。ぐるっと回転している。探し物をしている。その周りには何も落ちてないと思う。何本あったって、見つけられないと思う。
私はぬいぐるみをぎゅっと握りしめる。
席に座っていると、うとうとしていた。目を開くと、相変わらず景色。
手を見た。ない。ないない。ぬいぐるみがなかった。
急ブレーキ。ひっくり返る。
何事かと思う。廊下に這い出て、見やる。
長い廊下。先頭車両まで見えた。
いろんな荷物が落下していた。ふくが漏れ出たカゴ、書類が散らばった袋。みんな、そんなことは後にして、先で何が起こったのかを見つめていた。
二人組が前からやってくる。車掌さんだ。一人一人に事情を説明している。
隣に座っている人が焦っていた。腕時計をしきりにみながら、手を動かしている。誰かへの手紙だろうか。遺書か。これから死ぬと思っているのか。とんだ勘違いだ。
車掌さんがこの車両の真ん中まで来ていた。私も何が起きたか気になったから、人ごみをかき分けていく。
「それがどうも、絡まったみたいで。」
そんな言葉を聞き取った時、人の足の隙間から、私より背の低いものがみえた。先頭車両の方に向かっていく。
あ、ぬいぐるみだ。
私は小さいことを幸いに、足の林を掻い潜った。
次の車両は静かだった。車掌に説明されて、みんな安心したらしい。荷物が散らばっているのも片付け始めていた。
ぬいぐるみはもっと前に行く。
次の車両はうるさかった。あーだこーだ、原因の話をしていた。一つ前の電車に乗ればよかっただ、電車に乗らなきゃよかっただ、これだから文明は、みたいな難しい話もしていた。
ぬいぐるみがあっかんべーをしてきた。
私はムッとして、走り出す。
車両を幾つ通過しただろう。窓を何個見ただろう。それなのに景色は変わらない。私はぬいぐるみを追いかける。どんどん、縮まっていく。
いよいよ操縦席だ。大きな窓がみえた。向こう側にはトンネルがある。ここを入ると、しばらく抜けないだろう。
息を切らしながら、部屋に立ち入る。見渡す。ぬいぐるみはどこ?
トンネルの穴が、変化した気がした。丸い形が、四角になったかと思えば、三角になり、多角形を経過したのち、イガイガになってくる。
目が痛む。見てられない。
遠くから声がかかった。すごく遠くから。きっと反対側から。
車掌だ。二人組の車掌が急いで戻ってくる。とても慌てていた。
手を伸ばし、こっちへこっちへと言っている。
けれど私はぬいぐるみを探している。大事なぬいぐるみ。
部屋の隅々まで探した。椅子の下。消化器の箱の中。資料の束の中。どこにもない。
泣きそうになる。このままじゃ帰れない。
トンネルをみた。
イガイガが、こちらにまで伸びてきた。窓を覆いかけている。
車掌が私の手を取った。私は引っ張られ用としている。引き摺り出されようとしている。
助けて!
叫んだ。
私は吸い込まれた。ずっと遠くに、戻されていく。
ごめんなさい。私が悪かった。
引きずられていく。
ちゃんと大事にしなかったからだよね。
電車がガタンと揺れる。
これからは、ちゃんと縫うから。
ずるずるずるずる。
見づらいのは嫌だもんね。
ぐらっと揺れる。
自分の元居た座席だ。
ちゃんと座ってるから。
車掌さんは頷いた。
廊下をみる。
イガイガはなくなっていた。
でも、手が落ちていた。
ぬいぐるみの手。
上から落ちてくる。
片腕だけのぬいぐるみ。