1ルーム

色々な1ルームを作って、シリーズ投稿しています。

踏切で手を振って

            

 

この町には線路があり、都会につながっています。都会には、高い建物がたくさん並んでいますが、この町には、背の低い建物が並んでいます。

町には一つだけ踏切があります。ライトが二つついていますが、光るのは一つだけです。でも、音が鳴るのは2回です。カンカンとなるのに、ライトはいつもピッ...ピッ...としかつきません。

いつも、朝、昼、夕方になると、電車が通ります。その時に、カンカンと音も鳴ります。この音で、みんなは朝ごはんを食べたり、昼に日向ぼっこしたり、夕方にお風呂に入りました。

1日3回、この町には音が鳴ります。ただ、夕方のカンカンだけ、妙に音が大きいように聞こえます。よくよく聞いてみると、カンカンではない音が聞こえてきます。みんな、その音を聞かないように、お風呂に入って歌ったり、シャワーを流したりしているようでした。

この町には駅がありませんでした。だから、電車に乗りたいときは、都会まで歩いていかなくてはいけません。電車から降りるにも、都会でおりて、またこの町まで歩いて帰ってきます。たまに、電車に乗った友だちを見かけると、ぼーっとしています。

この町のみんなは、仲がいいです。すれ違ったら、挨拶をします。だから、踏切で待っている時に会っても、ちゃんと挨拶をします。カンカンの音に負けないように、大きく口を開けます。

 

ある日、いつものように踏切で待っていると、友だちが向こう側にいました。僕は挨拶をしようと、大きな声を出します。でも、友だちは気づいてくれません。僕は、カンカンの音より大きな声を出すことができませんでした。僕は声が小さかったのです。周りにも小さい小さいとよく言われていました。だから、声を出して挨拶するのはやめました。代わりに、体を使って挨拶しようと思いました。

試しにやってみようと思い、町を散歩します。向こうから誰かやってきます。僕は声を出さずに、手を振ってみました。でも、僕の方をみるだけで、そのまま通りすぎていってしまいます。

しょんぼりして家に帰りました。「ただいま」と言おうと思いましたが、危ない危ない、今は実験中でした。お母さんが廊下から出てきたので、声ではなく、手を振ってみました。けれど、お母さんは挨拶もせず、「そんなところに立ってないで、早く玄関を閉めなさい」と言うのです。

その日は、ほんとうにがっかりでした。家族でご飯を食べる時も、一言も声が出てませんでした。僕は、挨拶ができないと、話すことができなかったからです。カンカンカンと、家の外から音が鳴ります。夕方の時間です。

 

お父さんと一緒にお風呂に入ります。いつものように、お父さんが髪の毛を洗ってくれました。ゴシゴシゴシゴシ、お父さんの手が僕の脳みそを揺らします。とっても気持ちよかったですが、泡が目に入って、少し痛かったです。

お父さんは、お風呂場で、いつも同じ歌を歌います。知らない歌です。鼻で歌うので、どんな言葉かわかりません。僕も歌いたいのに、一緒に歌うことができません。僕はちょっぴり嫌になりました。

お父さんは、シャワーで僕の頭を流します。流し終わると、僕はお風呂に入って、お父さんが洗い終わるのをじっと待っています。タイルでいっぱいになった壁にもたれかかると、背中がひんやりします。上についている小さい窓から、冷たい風が吹きます。カンカンカン、踏み切りの音はまだ鳴っていました。

風が入ってきたので、お父さんは背中をぶるっと振るわせます。寒いんだなぁと思いました。僕も背中はお父さんと同じで寒かったです。でも、顔はずっと熱かったです。

お風呂から上がって、体を拭いた後、廊下に出ました。いつもお風呂から出た後は、ポッカリあったかいのが気持ちよかったですが、今日はずっと熱いままでした。おかしいなと思い、冷たいところに行きたい気持ちになりました。最初は冷蔵庫に入ろうかと思いましたが、それはお母さんに怒られると思い、こっそり家を出ることにします。

 

外はもう真っ暗でした。少し怖かったですが、ちょうどいい冷たさで、やっと体がポッコリしました。まわりを見渡すと、家が影になって並んでいきます。ずっと、踏切の方まで続いていました。

今なら、みんなに挨拶できるかもしれない。そう思いました。僕は、踏切の方まで走りました。走りながら、「カンカンカンカン」と言ったのです。すると、次々と家の明かりがついていきます。僕は嬉しくなって、今までで一番、大きな声を出しました。

 

僕は、踏切の音が好きでした。「カンカンカン」と、リズムのあるあの曲が好きでした。だって、僕が生まれてからずっと聞いている音だからです。みんなも同じはずです。でも、そのことを正直に言わないのです。

僕は、急にこの町にいるみんなが、嫌になってきました。僕が正直であればあるほど、みんな、どこかで僕をバカにしていたんだと思いました。だから、今日はみんな少し変だったのです。

僕は悲しくなってきて、泣き出したくなりました。少し俯いた時、足を引っ掛けて転びました。線路の溝です。もう、踏切のところに来ていました。

夜の踏切を見るのは初めてでした。木みたいにのっそり生えていて、二つのライトが、木の実のようにみえました。すると、カンカンカンと、あの大好きな音楽が流れ出します。ライトもつきますが、木の実は一つしか実りません。

自分の家の方から、多くの人がやってきます。僕の「カンカン」がきっかけで、ついてきたのでしょうか。みんな走ってきています。カンカンカンカン、みんながリズムに乗ってやってきます。

僕は、すごく嬉しい気持ちになりました。みんな、やっぱり踏切が好きでした。みんな、踏切に向かっています。ライトの明かりは、みんなが集まるところを教えてくれています。

 

横をみると、電車が近づいてきました。電車の正面の窓には、車掌さんの顔がみえます。車掌さんも、ボーッとしていました。でも、一瞬、目が合いました。僕は声を出して見ますが、踏切の音に負けてしまい、やっぱり挨拶してくれません。

声が届かないなら、手を振るしかありません。一生懸命、体を大きくして、手を振ります。でも、このまま通り過ぎていってしまいそうです。また、今日みたいに無視されてしまうと思いました。

僕はちゃんと、挨拶をしないといけないんだなと思いました。でも、やり方がわかりません。すれ違う人と、どうやったら挨拶ができるのか。みんなと同じように、僕はできません。

すると、体が途端に熱くなりました。とっても、真っ赤っかでした。ライトが目に入ります。ライトには、二つ目の実が、ちゃんと付いていました。

 

この日から、この踏切には誰も近づかなくなってしまいました。それからと言うもの、誰も挨拶をしなくなりました。みんなよそよそしくなりました。それは、この町の誰もが、挨拶の仕方がわからなくなったからなのでした。

 

(終)