【短話】分岐する道
ここから道が分岐している。二本どころではない。四本、五本だ。
どれを選んだら正解か。そんなことを考えている暇はなかった。
足はもう行き先を決めていた。後は頭が許すだけ。
しかしそれがうまくいかない。時間が差し迫ってきているというのに、踵が動こうとしない。
前のめりになろうとするほど、後ろに体重がかかってくる。
立つところだけ凹んでいる。
でも自分だけではなかった。
分岐する手前辺りに、同じような足跡がいくつもある。
踵の方だけ凹んでいる、足跡。
サイズはまちまちだった。大きい凹みもあったし、小さい凹みもあった。
深さも違った。この人は本当にギリギリまで迷ったんだなっていうぐらい深い人。反対に、浅くって、もう先に行っちゃったんだなって人。
自分はかなり迷う方に入ってきている。足が地面に張り付いているのではないかと思う。
このまま時間切れで食べられてしまうのは嫌だ。
足から動かそうとするからいけないのかもしれない。
前かがみになって、手をつく。
地面を掴み、身体を前に持っていく。
ダメだ。足は動かない。砂で手が汚れただけだ。
しゃがみ込んで考える。空を見て、後ろを振り向きそうになる。
見てはいけない。見たら、即行で終わり。
いっそ見た方が楽か。ギリギリまでこうしている必要があるのか。
向こうへ続く道は、ここよりずーっと細かった。遠くを見れば見るほど、どれも細くなっていく。
それぞれ雲が浮かんでいた。どれを進めど、あのふわふわした塊を通過するのである。
浮かぶ、という言い方は違ったかもしれない。限りなく地面に近いところに落ちている。浮いている。
膝が軽くなった気がした。それとともに、足裏が外れていく。
あそこに飛び込んでいきたい。そう思った。どれでもいい。きっとどれも同じで、入ってしまえばこっちのものなのだ。
よくみれば、雲同士は端っこでくっつきあっていた。
やっぱり、あいつらはみんなで一つなんだ。
筋肉が疼き始めた。身体を動かそうとしている。
脳もいよいよそれらを制御できなくなっている。あと一息、もう一息なのだ。
ヴぁ!っと叫ぶ。力を入れた。もう一度、叫ぶ。
撒かれた唾。小さく水滴となって残る。
向こうの方から、それぞれ小びとがやってきた。
近くまで来たと思えば、その水を両手で掴んみ、後ろのカゴに入れた。
結構な量だったので、みんなあくせく働いた。
一匹がこちらを不思議そうに眺めている。首を傾げた。
頭の後ろに誰かいる。乗っかっていた。
いつの間に登ってきたのか。知らぬ間に張り付いていた。
痛い。ナイフみたいなものが首に突き当てられ、そして、ゆっくり、それを動か…
がっと掴んだ。そいつも同じ小びとだった。ただ、目の穴が抜けていて、手には鋭い刃物を持っている。
何やってたんだ!向こうに投げる。
立ち上がったらニヤリと笑い、今度は他の小びとたちを襲い始めた。
彼らは切り込みを入れられ、次々と萎んで消えていく。カゴだけが残る。
そいつは目の前に来て、こちらに向かって笑い始めた。
掴み、ぎゅっと握る。このまま潰してしまおうか。
すると、その口から音が流れ始めた。聞き取れない。お経のようだったが、呪文のそれに近い不気味さがある。
なら、一音残らず記憶してやる。復唱を始める。
意味はわからないが、音は後ろに引っ張る引力を持っていた。
この音が鳴り止む時、時間切れになるのだ。そう確信する。
ならば。こっちの速度を上げていく。
そうして次第に追いつき、いよいよ抜かしていった。
そいつは息切れをし始め、言葉が途切れ途切れになる。
その隙に、口から畳み掛ける。言葉にならない音を注ぎ上げる。
そいつはいっぱいになってしまった。身体が膨れ上がる。
あとは、これを向こうに転がしていけばいい。
足が離れた。ようやく抜け出した。
もう道を選ばなくてよかった。
このボールが、道を作るから。
ゴロゴロ転がる。
そのまま雲に突っ込む。
弾けた。痺れる。
そうか。待っていた。
僕は、両手をいっぱいに広げた。