ショートストーリー
秋田県から八王子まで、一体どれくらいかかっただろうか。途中、山が見えた。山の子どもたちが何度も通り過ぎて。 東京はビルばっかりだった。工業地帯で、疲れたサラリーマンが通う街。誰も働きたくて生きていないように見える。それを私は、家の窓から眺め…
電柱に一羽、とまっていました。休んでいるようでした。頭をキョロキョロ動かして、じっとしています。何を見ているんでしょう。どこを見つめているんでしょう。きっと、向こうの電柱にいるあの鳥です。 二匹の鳴き声は違います。先ほどの一匹は、ピーッと鳴…
冷蔵庫を開ける。 大量の卵。 オムライスを作ろうと思った。 1日目。ケチャップを入れすぎる。 2日目。卵が柔らかすぎる。 3日目。ケチャップライスがぬめっとする。 4日目。同じ味に飽きてきた。 5日目。ふわとろにしようと思う。 6日目。ふわとろに…
人々が歩いている。 熱い蒸気に包まれて。 臭いが立ち込める。 人の汗。乾いた草の匂い。そしてゴミ。 自動販売機から少し離れた角に、ゴミ箱があった。 とっくに溢れていて、混ざった塊のような臭い。 それが好きな人もいるかもしれない。癖になるような臭…
僕は自分の足を溝に突っ込んでしまう。 ふらっと歩いているからではある。 けれど毎日、入ってしまう。 雨の日なんて最悪だ。ドブが流れているところに、右足を突っ込んでしまう。 その癖というか、衝動というか、そういうものが出てきたのは、ちょうど退職…
郵便ポストに溢れたチラシ。 その重なりを見ると感心してしまう。これほど、誰かが一つ一つのポストに投函しているのか。 僕は一応、全てに目を通す。その人が入れてくれた一枚一枚。スーパーの広告、脱毛無料、電気屋の広告、猫を探してますの広告、そして…
翌る日。インターホンが鳴らなくなった日。 * 長閑な土曜日だった。時計を見ると午後一時。昼ごはんも済ませ、ベットで寝転がっていた。 ピンポーン。インターホンが鳴った。あの音には慣れない。いつも怒られた気がする。 荷物が届いていた。「〇〇急便で…
ホームセンターに寄った。 植物のコーナー。独特の匂いに惹かれた。 一際、目立った植物。一種類、一つだけのそれ。 吊るされているような生え姿。 * 千三百円で購入した。見た目の割には重い。ビニール袋が揺れる。 玄関先に置くか。テーブルに置くか。ト…
誰だか知らない音楽が流れる。 どこだかわからない景色を走る。 友だちと一緒に複数人。高速道路を走っていた。 交わす言葉もない。音楽と走る音だけが聞こえる。 時々珍しいものが見えると、誰かが言う。みんな、ほぉーっと応える。 各々、もちろん面識はあ…
待て待て待て 待ちな待ちな待ちな ほら見たことかほら見たことかほれ見たことか 言った通りだろう言った通りだろう言った通りだった でも悪夢でなくってでも悪夢でなくってそれでも悪夢でした 夢から覚める前はこんな調子だったらしい。覚めた後も、口元がそ…
歩道を歩いていた。 信号待ち。向かいで手を繋いだ親子。信号待ち。 横断歩道。子どもが手をあげる。母親がそれを褒める。後ろを通り過ぎる。 その時だ。顔に何か当たった。息ができなくなった。バサっと、覆い被さった。 慌てて外す。視界の光度が増した。…
ガタン。 ドアが揺れた。風が強い。日中だが、曇っていた。 ヒュー。風が吹き込んでくる。扉が揺れている。立て付けが悪かった。 それでも部屋の中は蒸し暑い。エアコンをつけている。ドアからの風はあつい。エアコンの風は冷たい。 時間が経った。気づくと…
ある時玄関に入ってきた。扉を開けていたからかもしれない。部屋が蒸し暑くて、窓だけじゃかなわなかった。ニャーっと、鳴き声が蝉に紛れて。 玄関を過ぎれば一室しかない。そいつは机の下に入り、ちょっと寝る。時間が経てば、窓から出ていく。外の石垣に飛…
セメントは便利だ。 なんでもそこにいれれば、固まってしまえる。僕の弱い心もそこに投げてしまえば勝手に固まるだろうに。 そう俯きながら歩いていると、学校にいくみんなが道中で何かを飲んでいた。 セメントだ。 口を開けながら水筒みたいなものに入れて…
十秒後、何が起こるかわからない。 暗い暗室。 そこに私は閉じ込められたか、自分で入ったのかどちらかである。 角の隅っこにとりあえず背中をつけ、部屋全身の冷たさを感じる。 こうしている間に後七秒だ。 こういうとき、何を考えればいいのかわからない。…
もしも、明後日地球に隕石がぶつかったなら。 もしも、明後日お母さんが死んでしまったなら。 もしも、明後日僕の弟が結婚してしまったなら。 もしも、明後日プレステ5が家に届いたなら。 もしも、明後日どっかの中華屋さんが閉店したら。 もしも、明後日誰…
見上げると、月が雲に隠れていた。 いや、これは、雲が月を隠してしまったに違いない。 そう思って、僕は雲を睨んだ。 すると雲はちょっとびびったのか、薄くなった。 月の光がさっきよりはマシになる。 それでもまだ、雲はでずっぱりである。 僕はため息を…
今日も生徒は一人。 俺は教室入る。 だから机は一つ。 椅子も一つ。 なのに黒板はだだっ広い。 俺が教える時は、その人の知る範囲でしか教えない。 こんな黒板、必要ないのだ。 自分の両手を広げたぐらいの幅の黒板でいい。 そこに、チョーク一本だけでいい…
行きつけの喫茶店には、トイレがあった。 けれど和式。 試しに男女両方を確かめてみたが、ともに和式だった。 和式の便所というのは最初は億劫であるが、実際試してみると意外、あのしゃがみ込む姿勢が楽だったりする。 今椅子に座ってこの文章を執筆してい…
今日も俺は、悪いことをしにいく。 近くの公園だ。 そこで俺は、雑草を踏むのである。 いや、踏み付けるのである。 そして、その足跡がどれくらいくっきり残ったかの程度で、今日の点数をつけるのである。 雨の日の翌日であれば、よく跡が付くので、俺は雨が…
「お会計でお待ちのお客様どうぞ!」 明るい声が、店内に響き渡る。列が並ぶ。 「初恋の雰囲気が一点で、二千九百四十円になります。カードでよろしいですね。」「港の雰囲気とカレー屋の雰囲気の二点で、四千七百六十八円になります。現金ですね。」 ここで…
今日もいい天気。 そう思って移動していると、急に手足が動かなくなった。 進まない。進まない進まない。焦れば焦るほど、動けなくなっていくのがわかった。 けれど、見えている視界はまったく青い空のままなのである。 すると突然、黒い影が身体の周りを動…
狭い路地。僕はナイフを突きつけられていた。 別に僕は、大して悪いことをしてない。 ただ、ちょっとコンビニで物を盗んだだけだ。 それが今、こういう事態になっている。 男は、マスクをして、黒いハット帽を被って、何やら話しかけている。 でも、口がもぐ…
雨の中、男は運転していた。 ふてぶてした顔で、隣に座っている者も、どこをみるあてもないようにいた。 ワイパーを一番早くに設定した。 それくらい、正面が雨ざらしになるのが早かった。 ワイパーは、雨を避けているのか集めているのか分からないぐらいだ…
しかし、こんなに蒸し暑いから、海の上だとマシだと思ったのに、この気温じゃたいして変わんねぇ。 そう思いながら、祭り用の花火を準備をしていた。 少し離れた港の方をみると、まだ三時間前なのにくる人はくるし、車もさっきより増えていた。 難儀だなぁと…
夜明け。 真っ暗だった静けさに、一筋の音が切り込む。 その在処を隠すかのように、太陽が引っ張り出される。 残響は海に忍び込み、新しい生命を誕生させる。波だ。 波が立ち上がる。 一度に、次々と、小さいものから大きいものまで。 白い衣を羽織り、青い…
やっとだやっと。 やっと家から出てこれた。 外も真っ暗、あんまり家と変わんない。 あー。意外と遠いな。 まあちょっとぐらい歩いてく。 それにしても、あっ君とまー君は元気かな。 どこら辺にいるのかな。まあまた会えたらいいね。 さてさて、着きました。…
光が通る。 予兆はあった。 狭い道を、走ってくる音。 バイクかと思ったが、それは車だった。 車は視線の少しいった先でとまる。 ドアが開き、運転席から人が出てくる。しばらくこちらの河を眺めた後、右左と、何かを探す。 階段だ。 あいつはこちらに降りよ…
パキッと割れた。 左手の小指の爪だ。 台所で食器を洗っている時、なぜか割れてしまった。 最初は気づかなかった。 食器を片付けていると、ふと痛みを感じて、ああ、と思ったのだった。 とりあえず、絆創膏を貼って、応急処置をとる。 先っぽから白いところ…
大通りの途中、左手に、狭い路地がある。 その路地の入り口にはゴミ袋が置いてあって、そこから誰も入りたがらないのだけれど、その道の奥、換気扇の様々な匂いが混じった通路を抜けると、四方が建物に囲まれた小さな広場がある。 そこに、薄々と煙を出して…